SON OF HAMAS(ハマスの子)

普通、本の紹介は読書後に書くものですが、今回は特別に読書前に紹介します。

SON OF HAMAS by Yousef Mosab Hassan
(「ハマスの子」ユーセフ・マサーブ・ハサン)

ハマスの最高有力者の息子マサーブ(あるいはモサブ)が、イスラエルに収監中に心を入れ替えてパレスチナのテロ行為を阻止するためイスラエル諜報機関の秘密工作員となりましたが、それは彼がイエス・キリストを主として受け入れてクリスチャンになったからでした。そしてアメリカに政治亡命、つい最近、自分の身を明かし本も出版しました。

この本を紹介するサイトで、彼のインタビュー動画や、ブログなどを読むことができます。

http://sonofhamas.com/

そして次のリンク先を開いてください。彼の紹介記事が日本語で翻訳されています。

緑の王子」(pdfファイル リバイブ・イスラエルの日本語訳記事から)

なぜ読書前にご紹介するかと言いますと、なんと国土安全保障省が彼をアメリカへの政治亡命として認めないとして、それを不服として彼が6月30日に控訴するからで、彼がいなかったら起こったであろうテロ事件は数多く、多くのイスラエル人やパレスチナ人だけでなくアメリカ市民の命も救ったにも関わらず、「アメリカ合衆国の安全保障に対する危険性」があるというあまりにも馬鹿げた理由で、彼を強制送還しようとしています。

彼はブログの中で、「私のことを心配してもらうためにこのことを書いているのではありません。国土安全保障がいかに弱体化しているかを暴露し、命を救い自由を守るために変化を求め、圧力をかけることのできる機会として神が用いられていることを信じているからです。」と言っています。私は、年に一度アメリカに行きますが、行く度に、ますます無気力になっている雰囲気を感じ取りますが、このような形でも現れているなと確認しました。

導かれた方は、強制送還されないように祈ることはさることながら、この訴訟を通して神の栄光が現されるようにお祈りください。

いずれにしても、今、ジョエル・ローゼンバーグ氏の「Inside the Revolution(革命の内幕)」にもあるとおり、イスラム過激派が御霊の新生を経験する人がどんどん出てきています。アラファトの下で働いていたタイシル・サアダ(Tass Sada)氏も、劇的な体験を経て、愛に満ち溢れたクリスチャンになっています。

Once an Arafat Man(かつてはアラファトの男だった)

「レフト・ビハインド」と救霊の関係 その3 - 二種類の人

(「その2」からの続き)
ですから、二つのグループの人にお話したいと思います。

1.すでに聖書預言に関心を持っている方へ

目を覚ましていますか?つまり罪の生活を捨てて、キリストを求めていますか?
「あなたがたは、今がどのような時か知っているのですから、このように行ないなさい。あなたがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救いが私たちにもっと近づいているからです。夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。遊興、酩酊、淫乱、好色、争い、ねたみの生活ではなく、昼間らしい、正しい生き方をしようではありませんか。主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。(ローマ13:11-14)」

しっかり教会生活を送っていますか?
「また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。(ヘブル10:24-25)」

しっかり御言葉を伝えていますか?
「神の御前で、また、生きている人と死んだ人とをさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現われとその御国を思って、私はおごそかに命じます。みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。(2テモテ4:1-2)」

2.聖書預言の類に疑問を持っておられる方へ

聖書預言に興味を持っている人々の間に、確かに誤った傾向があるかもしれません。けれども、その態度を見て預言そのものに目を留めるのを止めたのなら、次の結果を招きます。

「まず第一に、次のことを知っておきなさい。終わりの日に、あざける者どもがやって来てあざけり、自分たちの欲望に従って生活し、次のように言うでしょう。『キリストの来臨の約束はどこにあるのか。先祖たちが眠った時からこのかた、何事も創造の初めからのままではないか。』こう言い張る彼らは、次のことを見落としています。すなわち、天は古い昔からあり、地は神のことばによって水から出て、水によって成ったのであって、当時の世界は、その水により、洪水におおわれて滅びました。しかし、今の天と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきと滅びとの日まで、保たれているのです。しかし、愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。(2ペテロ3:3-9)」

再臨信仰を失うことは、神の御救いの心を失うことなのです。

「レフト・ビハインド」と救霊の関係 その2 - 預言と伝道

(「その1」からの続き)

けれども、私自身、聖書預言に関心を持ち始めた時は気づかなかったのですが、聖書預言は、とどのつまり福音への招きが目標なのだ。ということです。キリストが戻って来られるというのは、神の裁きがこの地上に下るということです。神の裁きが下るということは、つまりそこからの救いを神が願っているということです。

黙示録を見てください、最後は「生ける水をただで受けなさい。」という呼びかけを行なっています(22:17)。神の究極の怒りが下る前に、天使が永遠の福音を携えています(14:6)。イエスは預言の霊なのだと天使はヨハネに言っています(19:10)。そして黙示録は、それを聞いて、その言葉を堅く守る者が幸いだ、と教えているのです(22:7)。預言の言葉を読んでわくわくするだけでなく、実際の福音宣教において労することを強く促しているのです。

聖書預言を教えている人々の情熱は、実はここにあります。レフト・ビハインドを書いたティム・ラヘイ氏は、その著作動機をはっきり「伝道」と言っています。実際に、数多くの人がこの本をきっかけにしてイエス様を自分の救い主として受け入れています。ある婦人は救われて間もなくして、あのジェット機に乗り、世界貿易センタービルに突入して昇天した、と彼は証ししていました。

ジョエル・ローゼンバーグ氏も宣教に非常に熱心です。宣教だけでなく貧しい人への援助にも情熱を燃やしています。

メシアニック・ジューの聖書学者アーノルド・フルクテンバウムは、著作The Footstep of the Messiah(メシヤの足跡)の中で、黙示録10章8-10節を解説しています。

「そこで、私は御使いの手からその小さな巻き物を取って食べた。すると、それは口には蜜のように甘かった。それを食べてしまうと、私の腹は苦くなった。(黙示10:10)」

To almost all people, prophecy is sweet. Prophetic conferences draw larger audiences than virtually any other kind of conference. The voluminous sale of the more sensational prophecy books is another evidence of how “sweet” Bible prophecy has become to so many people. But if ”sweetness” is all there is, then it is worth little. Every student of prophecy should have the second experience that John had: bitterness in the stomach. A knowledge of things to come should give every believer a burden for people. For the way of escape from these things is the Rapture, and the requirement to qualify for the Rapture is acceptance of Messiah now. A true student of prophecy will not simply stop with the knowledge of things to come. Rather, this knowledge will create the strong burden to preach the gospel to others and thereby give them a way of escape. (Fruchtenbaum, A. G. (2003). The footsteps of the Messiah : A study of the sequence of prophetic events (Rev. ed.) (239). Tustin, CA: Ariel Ministries.)

(意訳:ほとんどの人にとって預言は甘いものである。セミナーの中でも預言セミナーには一番多くの聴衆を集める。センセーショナルな預言の本はとてつもない冊数が売れるが、聖書預言が多くの人にとって「甘い」ことの証左だ。しかし、「甘さ」があるだけではほとんど価値がない。預言を学ぶ者は、ヨハネのように第二の経験をすべきである。つまり「腹の苦さ」だ。後に来る事を知ることによって、信じる者全てに、人々に対する重荷が与えられる。なぜなら、これらの事を免れることのできるのは携挙であり、携挙に与ることのできる資格は、今、メシヤを受け入れることだからだ。真に預言を学ぶ者には、単に、後に来る事を知るだけに留まらず、かえって、他の人たちに福音を宣べ伝える強い重荷が与えられ、福音宣教によって逃れの道を与えることなのである。)

アーノルド氏は日本ではユダヤ的聖書解釈で有名な方ですが、アリエル・ミニストリーズのニュースレターを読めば、私たち日本人キリスト者と全く同じく、たった一人の魂の救いために非常な労苦をされています。彼も「伝道」が第一使命なのです。

その3に続く)

「レフト・ビハインド」と救霊の関係 その1 - 疑問の投稿

「レフト・ビハインド」シリーズの公式サイト(いのちのことば社)

この、終末とキリストの再臨についての小説シリーズが出て久しくなります。日本語訳もあるので読まれた方もずいぶんいらっしゃると思います。ですから詳しく説明するまでもないかと思いますが、本書や終末に関する書籍について考えることをお話したいと思います。

昔ロゴス・ミニストリーに掲示板があった頃、レフト・ビハインドについての疑問を書き込んだ人がいました。「聖書ではなく小説に書いてある終末の流ればかりを人々は追っている。」という懸念です。私は返答に少し困りました。「確かに流行として読んでいくのは間違いだ。けれども、この小説をきっかけにして聖書にある再臨の希望を抱いてくれたら、それほど嬉しいことはない。今の教会にはこの部分が欠けている。」と思っていたからです。

私がここで紹介しているEpicenterの著者ジョエル・ローゼンバーグ氏も、終末についてのフィクション・シリーズを書いて注目を集めました。レフト・ビハインドは主に黙示録の流れに沿って書き、後者はエゼキエル書38,39章を元にして書いています。ローゼンバーグ氏の著書の方は特に、出版後すぐにその通りの事が次々に起こったので、なおさらのこと上の懸念を抱く人がいるかもしれません。

その2に続く)

「イスラエル人とは何か」

再び本の紹介ですが、これは絶賛したい内容です。

「イスラエル人とは何か - ユダヤ人を含み超える真実」(ドナ・ローゼンタール著 徳間書店)
(原書: “THE ISRAELIS: Ordinary People in an Extraordinary Land” by Donna Rosenthal

今のイスラエルを知りたい方は、一読必須です。これまでも近現代イスラエルに関する書籍を紹介しましたが、それを今、実際に生きているイスラエル人に取材しながら、生きた証言として肉付けしているからです。だから非常に分かりやすいし、冗談も交ぜながら話を進めていくので「面白い」。本書にあった書評の一つを引用します。

こんな副題をつけることもできるだろう。『イスラエル人とイスラエル人について、常々知りたいと思いながらも、恐らく訊けなかったことすべて』。宗教、軍隊、社会的道徳観、民族集団などなど、いろいろな側面をほとんど網羅し、それらを客観的に、「普通のイスラエル人」の目を通して解説している。爽快なことに、政治家や社会学者の視点からではない。


これまでいろいろ日本人の著者によるイスラエルについての本を目にしてきました。大抵は、パレスチナ寄りの扇情的なもの、ユダヤ人陰謀まがいのもの、アメリカと一緒くたにして批判しているものです。そして比較的公平なものも見つけましたが、地域研究の学術的なものか、軍事マニアによるものであり一般受けしません。残りは本書のような翻訳本です(以前は、サイマル出版が欧米で良書と言われるものを出版していました)。

左の原書の表紙をご覧ください。これ、みなイスラエル人です。イスラエルに旅行に行ったら、どこにでもいそうな若者たちです。イスラエルは本当に複雑で、多様で、四国よりちょっと大きいぐらいの小さな土地で、世界を揺るがすような事件や紛争が起こっているにも関わらず日本と同じ先進国であり、原書の副題にあるように「普通でない地で普通に暮らそうとしている人々」を見ることができます。

信仰を持っている者として、聖書の舞台がそのまま超現代的な場面の中に焼き映されている姿も刺激的です。例えばこんな一文が・・・

聖書の十戒で使われている言葉と同じ言葉でビックマックを注文したり・・・

以前、知人の方が教えてくださいましたが、娘さんがイスラエル人と結婚しエルサレムに在住しているのですが、「もし離婚するとしたら、イスラエルがもう嫌で出て行く時でしょう。」と言ったそうですが、上の文の続きはこうなっています。

行列におとなしく並ぶなんて軟弱なことだと考えたり、『禁煙』と書かれているところで堂々とマルボロに火をつけたり。

日本人とは非常に対照的な国民性ですが、けれども数々の先端技術を生み出しているその勤勉さは似ているかも。そして、中東紛争の火薬庫にいながらにして、現代的な生活をしている様子として、続きがこうなっています。

イスラエルの若者たちは、MTVが大好きで、いそいそとショッピングモールへ出かけては、ジェニファー・ロペスの最新CDをゲットする。そしてガスマスクも買う。

ところで、イスラエル人への霊的救いのことも思わさせられました。例えば、以下の文。

インティファーダが激化した2002年8月、約2000の騎馬警官や兵士や爆弾処理専門家が監視する中、テルアビブで恒例の「ラブ・マーチ」が開催された。・・25万人をゆうに超える人たちが、週末の派手なお祭騒ぎを他の所望と集まったのだ。まるでリオのカーニバルみたいだった。裸同然のイスラエル人たちが浜辺で陽気に浮かれ騒ぎ、生演奏に乗って情熱的に体を揺らす。・・

「僕ら、正気でいたいだけなんですよ」とオーリが説明してくれた。「ほんの数キロ先のガザじゃ、イスラエル軍とパレスチナ人が殺し合いをしてるけど、そんなこと全部どこか遠くの大陸で起きていることみたいに、僕らは羽目を外す。僕は国民総アルツハイマー病って呼んでるけど、そんな状態なんです。朝のニュースのことなんか誰も思い出したがらない」。あまりに多くの友人が殺されたり傷つけられたりするのを見てきたせいで、イスラエル人はこんなモットーを掲げるようになった。「人生は不確実だ。だからデザートを真っ先に食べろ」。外国旅行もそうだが、「現在を楽しめ」という態度は、いいかげんに暮らしているからではない。ストレスからの避難なのだ。・・・

次のイザヤ書の御言葉を思い出しました。アッシリヤ軍に包囲されているエルサレム住民への、神の叱責の一部です。

その日、万軍の神、主は、「泣け。悲しめ。頭を丸めて、荒布をまとえ。」と呼びかけられたのに、なんとお前たちは楽しみ喜び、牛を殺し、羊をほふり、肉を食らい、ぶどう酒を飲み、「飲めよ、食らえよ。どうせ、あすは死ぬのだから。」と言っている。(22章12‐13節)

罪の犯し方も、極めて聖書的という、笑えない状況を見ました。カルバリーチャペル・テルアビブの牧師さんが、「私たちはラスベガスとサンフランシスコに住んだことがあるが、テルアビブはもっと世俗的だ。」とおっしゃっていたのを思い出します。でも、だからこそイエス・キリストに対する偏見が少なく、まさに「罪人、取税人、遊女が悔い改めて主のところに来る」という福音書の世界が、今も起こっているそうです。

ところで、原書は2003年に書かれています。したがって自爆テロの「第二次インティファーダ」の最中であったため、本の内容もそのことがたくさん書かれています。でも今はもっと平穏です。旅行者の数もうなぎ上りです。(事実、大韓航空は2008年9月に仁川国際空港からのテルアビブ直行便を再開しました。)「イスラエル旅行は恐い」という日本人に対して、私は、「イスラエル人が日本旅行をしようと考える時に、『日本は地震があるから恐い』と考えるんだけれども、どう恐い?ここに住んでいて。」と聞き返します。特にツアーで行かれれば安全については何の問題もありません。

日本とイスラエルはまだまだ、遠い国だと思います。欧州の国に住んだことのある日本人の方と話すと、どの国からもテルアビブ行きの便があるようで、ヨーロッパとイスラエルの歴史的、また経済的つながりを感じます。アメリカにもユダヤ人は多いので、肌身でその存在を知ることができるのですが・・・。日本の人たちがどれだけイスラエルについて知らないことを知るには、逆にイスラエルの人たちが今の日本をどう見ているかを知ると理解できるかもしれません。おもしろいブログを見つけました。

エルサレム日記 イスラエル人から見た日本

以上です。

「聖霊に導かれて進もう」

前々から紹介しようと思い、していなかった本がありました。

「聖霊に導かれて進もう」(井戸垣彰著 いのちのことば社)

以前ご紹介した「このくにで主に従う」と同じ著者、故・井戸垣彰牧師によるものです。

何が良いかと言いますと、日本の教会内で起こる諸問題、日本人のクリスチャンであれば誰もが経験する、人間関係に絡んだ問題を、クリスチャンの「肉」の問題として聖書的に対処していることです。肉ではなく、聖霊に導かれて進む、というクリスチャン生活の基本を、日本の教会という土壌で実践できます。本書の一部を引用します。

何年か前、ある教会のご奉仕にうかがったとき、集会の後で一人の方から個人的な相談を受けた。教会のある大切な奉仕を担当し、自分なりに精一杯やっているつもりであるが、先生がいちいち細かい点を言い過ぎる、これではやる気がしない、というような相談だった。

お話を聞いた後、私は次のように答えた。確かに先生の言い方は悪いだろう。ほめないで欠点だけ指摘されたら、やる気を失うに違いない。だが先生の側のことは別にして、先生に対して怒っている、そのあなた自身の怒りはどうなのか―。

その方は、虚をつかれたようにはっとして、『そうでした、わかりました。』と答えた。

この方と同じように、私たちはいろいろな問題に苦しむとき、相手方や、事情の悪さにだけ心の思いを向ける。そして、必死になってこらえ、相手をゆるそうとし、何とかもちこたえようとする。そして相手の悪に対して怒っている自分に対しては、光を当てようとしない。相手が悪いのだから怒るのは当然ではないか、と自分を肯定してしまう。(7-8頁)

いかがでしょうか、身に覚えがないでしょうか。(私はとても痛いです!)

残念ながら、本著は絶版で古本のみでしか入手できません。でも、似たような内容で良書があります。こちらもどうぞ。

「カルバリの道」(ロイ・ヘッション著 CLC出版)

イスラエル全史

再び、イスラエルに関する書籍の紹介です。

「イスラエル全史 上」(マーティン・ギルバード著 朝日新聞出版)
「イスラエル全史 下」
(原著 – Israel: A History by Martin Gilbert)

原書は購入していたのですが、日本語訳が出ていることを発見し、すかさず図書館で借りて先ほど読破しました。

これまでここで紹介した中東戦争史に関連する書籍もすばらしいですが、これは戦争だけではなく他の分野にも入り込み、イスラエルの近現代史全体を網羅している、すばらしい本です。しかもイスラエル建国60周年を記念して、2008年出版時に2章分を補筆したらしく日本語訳にも入っています。19世紀から始まる、パレスチナ郷土へのユダヤ人帰還から現代の「イスラエルの今」を、一つの流れとして眺めることができます。私は、これまで読んだ数冊の本が一本の糸で束ねられた気分で、爽快です!

他の歴史でもそうですが(例えば日本の近代史など)、現在に近づけば近づくほど著者の政治的・思想的な視点がその著述に反映されます。私は、1983年以降から起こったインティファーダ(民衆蜂起)以後の話が著者の見方とは自分は異なると感じました。例えば、90年代のオスロ合意に反対するネタニヤフの動きがかなり否定的に描いていますが、私は「安全保障なしの平和協定はありえない」という彼の主張は当たり前のことであると思いました。けれども、イスラエル左派がどのような視点を持っているかその内部の目を、また著者はイギリス人ですが、イスラエルに同情的、けれどもリベラルな欧米人の見方を知ることができ、良かったです。

そして「イスラエルとパレスチナの二民族、二国家」というのは、内外のほぼすべての指導者、政治家らが描いている目標地点であり、その枠組みがどのように起こってきたのかを客観的に知るための資料として、非常に有益でした。

イスラエル人としては、67年の六日戦争で占領したヨルダン川西岸、ガザ地区、そしてゴラン高原をどのように統治するのか、本人たちのとまどいと葛藤の経路が今にまで続いていることが分かりました。地中海からヨルダン川までイスラエルであると言う右派と、それに同調するようになったユダヤ教正統派、それから、いやパレスチナ・アラブ人に引き渡さなければいけない(ゴラン高原はシリアに)、と考える、労働党、カディマ、その他の左派がいます。国際的な枠組みは後者ですから、右派の党首が首相になっても、このことを基準にして動き、話さなければいけません。

いずれにしても、あまりにも混沌としています。「エルサレムの平和のために祈れ」という詩篇にある神の命令を、思わずにはいられませんでした。

Epicenter(震央・震源地)

Epicenter: Why the current rumblings in the Middle East will change your future
(震央: なぜ、中東での今のゴタゴタがあなたの将来を変えるのか)

順番が前後しましたが、ジョエル・ローゼンバーグ氏によるノンフィクション第一弾です。

この書の主題は「第三のレンズ」です。世界情勢を読み解く時に、公の機関が出すもの、そしてテレビ、新聞、インターネット等の媒体によるものがありますが、何らかの視点を持って見ています。一つの出来事でも、経済学では、マルクス経済と近代経済が全然違う答えを出すように、どのレンズを使うかによって、見えてくるものも変わります。そして聖書を信じるキリスト者には、聖書預言というレンズがあるのだ、ということを提唱しています。

著者は、選挙キャンペーンに携わる仕事から降りて、文筆活動を始めました。国際政治に関わるフィクション小説です。内容は、「神風特攻隊のごとく、イスラム主義者が旅客機をハイジャック、そのままアメリカの都市を攻撃する」という始まりですが、彼がこれを書き上げ、出版社に送ろうとしていた時、彼の自宅の上空を、ペンタゴンに向かうあのアメリカン・エアー77便が飛んでいたのです。

それから、彼は「ノストラダムス」と呼ばれるようになりました。彼が執筆する小説の出来事が、ことごとくその通りになっていくからです。アラファトの死とその後の中東和平の努力、ロシアとイランの軍事同盟と核開発、これらがことごとくその通りになりました。そしてこのEpicenterでは、イラクは確実に復興すると予告していますが、当時、イラクは戦後の内乱が続いている中で到底信じられるものではありませんでしたが、今は、着実に復興し、情勢も比較的安定しています。

太平洋戦争で負けた日本はその復興のため、特にイスラエル建国に関わる中東情勢の変化に追いついていませんでした。そこで、世界を見つめる物差しとして、一つは、左翼思想に基づく「強者 対 弱者」の二重構造、もう一つはそれと似ていますが、「得体の知れない支配者 対 操作されている人々」の構図で見る陰謀論が、特にインターネットの中ではまかり通っています。イスラエルやパレスチナ、またアメリカの政治を見るとき、この視点でしか見ていない気がします。

けれども、聖書を信じる者には「先を見る」という特権が与えられています。個人的には、永遠の命という幻、そして世界的には、神の国の到来という将来を見ることができるのです。そして、今起こっていることも、確実に、その終末に向かっていることを、聖書を通して見通すことができるのです。

そしてローゼンバーグ氏は、預言をエゼキエル38,39章に絞って論じています。そこには、ロシアとペルシヤ(イラン)が率いるイスラエル攻撃、そして神の介入を預言している個所ですが、ロシアのプーチンの台頭と、マーディ(イスラム版メシヤ)の到来を熱望するアフマディネジャドとの同盟が、その危険性を一段と増し加えていることを指摘しています。

その他、イスラエルに石油採掘が行われること、イラクはこの預言にはイスラエル攻撃の国として列挙されていないので、必ずイラクはイスラエルに比較的友好になること、イスラエルは比較的、安全な土地になることなども予告していますが、これらはすべてその通りになっています。

そしてこの世界の震源地で、もっとも霊的な地震である、イスラム教徒の間でのキリストへの回心を報告しています。これが米国同時多発テロを契機に起こり始めていることを論じています。イスラム過激派のすることを見て、多くのムスリムがイスラム教そのものに幻滅したからです。(こちらに日本語訳の記事があります)

このような見方は、いわゆる「国際情勢の読み解き」の類のニュースでは出てこない話しです。私たちはしっかりこの目を持って、この世の光となっていく必要があるでしょう。

ちなみに、今オバマ政権になり、大衆主義がそのまま外交政策になってしまいました。(その証拠に、マスコミはオバマ大統領を批判していません。)これまでのアメリカの政治外交の良き伝統を捨ててしまいました。けれども、政府関係者、ペンタゴンの人など、ジョエル・ローゼンバーグ氏を招いて聖書が語る世界を傾聴しているのは、何よりもの救いです。

Inside the Revolution(革命の内幕)

Inside the Revolution: How the Followers of Jihad, Jefferson & Jesus Are Battling to Dominate(革命の内幕: ジハード、ジェファーソン、イエスの追従者が、支配権を取るべくいかに戦っているか)

これは、ジョエル・ローゼンバーグ氏による、ノンフィクション第二弾です。第一弾は、”Epicenter”ですが、これは、きよきよの部屋の「聖書の中のイラク」にて少し説明しています。

この二冊は、自分のこれからの生き方に影響を与えたと言っていいぐらいの内容でした。聖書預言が単に興味本位の対象ではなく、宣教への熱い原動力となることを教えてくれました。
insiderevolution
「革命の内幕」とは、イスラム圏で起こっていることについての革命です。このブログでも、イスラム主義について言及しましたが、まず「ジハード(聖戦)」による革命を考える人々がいます。ビンラディンからイランのアフマディネジャド大統領までの幅広いイスラム過激派の歴史、意図、そして神学を取り扱っています。

この最後の神学の部分が非常に重要で、イスラムのメシヤであるマーディの到来を早め、それを対イスラエル、対アメリカに対する核攻撃で行なうという信念を今のイラン指導陣は強固に持っています。

ここまでは、他の多くの書籍も扱っているでしょう。日本語なら藤原和彦氏による著作をお勧めします。

けれども、この本で特徴的なのは穏健派イスラム革命をも取り上げていることです。アフガニスタン、イラク、パキスタンのブッド女史、トルコ、ヨルダン、そしてモロッコを挙げています。彼らはトーマス・ジェファーソン主義、つまり人権・民主主義・自由経済を強固に信じています。

そして彼らは過激派と同じように、いや彼らは彼ら以上にコーランを信じ、熱心なイスラム教徒であることは特筆すべきです。彼らはその信仰のゆえ過激派の行っていることを激しく非難し、対抗しています。

このことも、書籍を探そうと思えば見つかるかもしれません。

けれども、第三の革命グループは、この本にしかないでしょう。それは「リバイバリスト(霊的復興派)」の存在です。彼らは、イスラムの過激化が近年進行すると共に、表に出ない形で、かつ、とてつもない勢いで、終末の様相を呈しながら、イエス・キリストを自分の主として従う人々が起こされている、という事実です。

過激派も過激ですが霊的復興派も過激です。宣教師が福音を伝えることもできない地で、夢と幻でイエス・キリストに出会い、完全な回心、徹底的な献身を行います。ヨエル書の終わりの日における、御霊による夢と幻の預言、そして使徒パウロが、復活のイエス・キリストの直接出会って、迫害者から福音宣教者に劇的に変わったのと同じ経験を経ているのです。

特にイランでのリバイバルは驚愕します。復興が始まったのは、何と1979年のイラン革命が始まった後とのこと。イスラム主義国の台頭によって、これまで何となくイスラムを信じていた人が、本当のイスラムの顔が何であるかを知らされ、それでイスラムに対する幻滅、失望が始まったそうです。その後、霊的空洞、霊的飢え渇きが激しくなり、今、どんどんイエス様を信じています。

ある牧師は、「私たちはイエスを伝えに出ていくのではなく、彼らが私たちの所に来ています。」と言います。病気にかかって病院に行きました。看護婦は狂信的ムスリムであり、彼が牧師だということで、待合室で2時間も待たせる嫌がらせをしました。牧師は彼女に「後悔するよ」と警告したそうです。

「牧師さんですね」という他の看護士の声を聞いた、待合室にいた何人かの人々は、「あなたは本当に牧師なのか?イエスについて教えてくれ。」とせがみます。その場で福音を伝え、彼らはイエス様を信じました。そして牧師はその看護婦に、「ほら、後悔したでしょ。」と言いました。それ以来、その看護婦は彼を待たせることはなくなったそうです!

ある女性の伝道者は、一日に15人の人をキリストに導いているとのこと。

私は、これらの話を聞いて、黙示録を思い出しました。地上には艱難があるけれども、同時に、救いの完成へ至るべく、主が福音をこれまでにないとてつもない速さで伝えられます。14章には、天使が永遠の福音を伝えている姿も出てきます。

そして福音宣教の見方も変わりました。社会的に不安が多くなればなるほど、世が暗くなればなるほど、同時に福音の光も広がっているのです。そして、マスコミにも人々の注目にも触れない形で、静かに進んでいきます。

日本のキリスト教の宣教は主にアメリカから、そして近年は韓国からのものが多いです。その方法は、集会など人々の目に触れるような形で、数が多ければそれだけ良いという形で、伝道プログラム、弟子訓練プログラムなど、プログラムを通して推進させていきます。そしてなかなか成果が上がらず、「やはり日本は駄目だ。ここは宣教の墓場だ。」となるのです。

私は日本はこれから、社会も、いわゆるキリスト教界さえも何も変わっていないと思われる状況の中で、実は確実に人々が救われ、はっきりとした回心を経験し、キリストを主とし献身する人が起こされていく時代になっていくと思います。中国で文革の後、牧師や伝道師が投獄されていた中で信者がかえって増えていたこと、また日本で長い鎖国の時代の後キリシタンの末裔が出てきたことなどを見ても分かるとおり、この世の暗さは神の光が輝く時なのです。

必要なのは信仰です。神が上から力の御霊を注いでくださることを信じる信仰です。

ヨムキプール戦争全史

次に紹介したい本は、今日ようやく読み終えたこれです。(区外図書館から取り寄せたものなので、延長も無理、2週間で何とか読み終えました。)

「ヨムキプール戦争全史」(アブラハム・ラビノビッチ著 並木書房)
(原書はこちらyomkippurwar

本当に感動しました。「現実は小説より奇なり」と言いますが、登場する人物を第一資料・インタビューなどから構成し、この戦争の記録を生々しくよみがえらせています。

イスラエル・アラブ紛争は、第一次(独立戦争)、第二次(シナイ作戦)、第三次(六日戦争)とあり、この「ヨムキプール戦争」は第四次中東戦争に当たります。六日戦争からのつながりでヨムキプール戦争を見ると、多くの教訓を学べます。

六日戦争において、イスラエルは、シナイ半島はもちろんのこと、ヨルダン川西岸地区、ゴラン高原もなく、ちょうどバナナの真ん中を右側からかじられたような形の領土しか持っていませんでした。そこからエジプト、ヨルダン、シリアの三正面から攻撃を受けるのです。アメリカからの支援も取り付けられず、イスラエルは絶対絶命の危機にさらされていました。けれどもイスラエル空軍のエジプトへの先制攻撃が、本人たちも驚愕する打撃をエジプトに与え、以後、圧勝から圧勝へ至りました。絶体絶命どころかイスラエルは、領土拡大にともなう圧倒的安全保障を確保しました。

この戦争に伴い、これまでシオニズム(=ユダヤ人の地にイスラエル国家を建てる考え)に正統派ユダヤ教徒は往々にして懐疑的だったのが、ここに神の御手を感じ、彼らの間に宗教的シオニズムが始まります。そして聖書を信じているクリスチャンの間でも、ますます預言がその通りになっていることを知り、神への信仰を強めることになります。

そしてヨムキプール戦争は、この奇跡的な勝利を、イスラエル人たち本人がどう解釈したのかを見ることができます。これを神によるものではなく、自分たちの戦力や戦略のおかげ、またアラブ軍の腰抜けであると解釈するのです。それで彼らは慢心し、迫り来る戦争の情報は数多く得ていたのに、それを読み取ることができなかった、という大きな教訓を見ることができます。

といっても、上層部の情報分析遅れによって、最初大きな打撃をイスラエルは受けますが、それで前線の兵士たちはものすごい士気を持ち、奮闘しています。そしてなぜ、シリア軍の戦車ががら空きのゴラン南部をさらに侵攻しなかったなど、謎の部分があり、やはり神の御手を感じざるを得ない奇跡もあります。

もしナルニア国物語に例えるなら、独立戦争・六日戦争が第一話なら、ヨムキプール戦争は第二話になるでしょう。

そして私は、エジプト大統領サダトの政治家としての凄さに感動しました。

結果的に、軍事上はイスラエルがシリアをゴラン高原から追い出し、さらに首都ダマスカスまで近づき、エジプトでもスエズ運河を渡河、カイロまでかなり近づきますが、心理上・政治上はサダトの勝利です。

サダトは、六日戦争で受けたアラブの屈辱を回復するという目的で、軍事的な勝利を初めから期待せず、戦争を始めているのです。アラブの民族主義をどう克服すればよいのか、彼はよく分かっていたのです。そして、前任のナセル大統領と違い、「ユダヤ人を地中海に沈める」というような威勢の良い好戦的態度ではなく、実際に用意周到な準備を数年に渡り行ないました。

そして、彼はソ連からアメリカに軸を移し、それによってイスラエルをアメリカを調停にさせることによって自分に引き寄せ、数年後、シナイ半島を戦争ではなく、外交的平和関係によって獲得したのです。

この戦争によって、アラブ諸国はもはやイスラエルに戦争をすることはなくなりました。国の首脳部は政治現実主義を採用するようになるのです。

聖書でも、エジプトについて、イザヤ、エレミヤ、エゼキエルが預言しましたが、いずれも弱体化していくことを描き、特にイザヤ書19章では、エジプトでイスラエルの神の名がたたえられることが書かれています。

けれどもこのサダトは、イスラム主義者によって暗殺されました。国としてはアラブはイスラエルへの歩み寄りを始めたのですが、民衆としては依然として許されないことなのです。

ですから、今度イスラエルは国との戦争ではなく、パレスチナ・ゲリラやその他のテロリスト組織との戦いに突入します。

この前説明しましたように、テロ組織はPLOなど社会革命主義的なものもありますが、イスラム主義によるものが今は大半です。これを国として興したのが1979年のイラン革命です。レバノンのヒズボラはイラン支援組織であり、ハマスに対しても支援しています。そしてイランそのものは、イスラエルへの核攻撃の準備を進めています。(ここにエゼキエル38章の「ペルシヤ」を見るのです。)

私たちは、このような歴史的見地から、今のイスラエルを取り囲む情勢を見なければならず、次に起こりうることを覚悟しなければなりません。

次の予告書評は、ジョエル・ローゼンバーグ氏の著作二冊です。
Epicenter 2.0: Why the Current Rumblings in the Middle East Will Change Your Future
Inside the Revolution: How the Followers of Jihad, Jefferson & Jesus Are Battling to Dominate