きよきよ 聖書教師
(下に、きよきよとその両親の経験について掲載されています。)
ロゴス・ミニストリーの信仰基準
以下の信仰基準のサイトにお入りください。
http://www.calvarytokorozawa.com/statementoffaith_ja.htm
あなたもあなたの家族も救われる−きよきよ
(ある韓国人教会で話したときの原稿です)
私の救い
はじめまして、今日は、主イエス様が私をどのように罪から救ってくださったのかをお話したいと思います。そして、私の両親の救いについてもお話したいと思います。
私は普通の一般的な日本人の家庭で育ちました。「普通の、一般的な」という意味は、特定の宗教を持っているわけではないけれども、仏教や神道の伝統や行事には参加するという意味です。
父は、パブレストラン(洋風の居酒屋)で経営者をしています。彼の働いている姿を見たりして、小さなころからお金をもうける仕事をしたいと思っていました。中学校に入ってから、部活動で卓球をし、また勉強も一生懸命しました。私が住んでいた地域で有名な高校に入るために受験勉強も一生懸命しました。
けれども、高校生の時に行ったアメリカ旅行を通して、そんな夢がいかにちっぽけなものかを知りました。何時間走っても同じ風景が続く、広大なアメリカの土地を見て、いい大学に行って、一流企業に勤めて、金を稼ぐという願いは、本当に狭い考え方だなと思ったのです。
その頃から、精神的に抑うつ状態になりました。勉強も部活動もやる気が出なくて、だからといって新たな人生目標もあるわけでなく、自分が嫌になってきました。夜、自分の勉強部屋の中で自傷行為(自分を痛めつける)行為をしていて、お店から帰ってきた父を心配させたものでした。
大学受験のプレッシャーがあまりにも大きくて、もし受験に失敗したら自殺してしまうかもしれないとまで思いました。けれども、一般受験の前に、東京にある大学に推薦入学することができました。本当に、神さまのあわれみがあったと思います。
大学に入ってから、これからの人生設計を立て直そうと思いました。中学校の部活動で頑張ったときのように、情熱を傾けることができる活動を捜しました。それで、英語で討論をするサークルに入りました。ところが、討論の大会の成績は良くなく、また悩む日々が続きました。
大学一年生の冬休みの時のことです。実家に戻って、高校生のときに英会話教室に参加しようと思って行ったことがある教会に行きました。クリスマス礼拝です。そのときに、イエス様が暗闇の世に来てくださった話を聞きました。そして自分の家に帰りました。一人、自分の部屋の中でこれまでの人生を振り返りました。何かが違う。何か、的をはずした、見当違いな人生を送っているのではないか?と思いました。そのとき、礼拝で語られていた神さまのことを思い出しました。
そこで一人で祈りました。「神さま、私は生まれてからずっと、あなたを無視していました。ごめんなさい。」と言いました。すると、頭からつま先まですっぽり自分を包んでくださっている神様の愛を感じました。私は泣きながら、「ありがとうございます」と祈りました。
人間に罪があると言われるけれども、私もいろいろ具体的な罪を犯しました。嘘をついたり、相手のことを考えないで独りよがりになったり、いろいろな罪がありますが、けれども、もっともっと根本的な罪、一番大きな罪は、この天地を造られた神さまを神さまとして認めず、自分自身で生きていると思っている高慢の罪です。ローマ人への手紙一章20節から、この罪についてパウロが次のように説明しています。「
神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。というのは、彼らは、神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからです。彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。(ローマ1:20-23)」
そして新年を迎えました。いつもなら神社に元旦参りに行くところですが、私は教会に足を運びました。そして教会の人に、これから教会に通いたいことを伝えました。そうしたら私が東京近辺で行くことができる教会を紹介されました。
行ってみると、将来の妻がそこにいました。しばらくしてから、彼女は、三浦綾子さんの小説を僕に貸してくれました。とても感動して、他に自分で買って読みました。その中に、小説というよりも、福音の説明が書かれている本がありました。私は、自分の罪のためにイエス様が個人的に十字架にかかって死んでくださったことを知りました。
それで新学期にはいる直前、日曜日の礼拝で、イエス様にある救いを受け入れる招きがあったとき、前に出て行きました。牧師さんに何かを話したのですが、必死だったので何を言ったのか覚えていません。けれども彼は、私が「イエス様を受け入れない理由はない」と言ったことを、他の人たちに発表しました。私は、新たに生まれました!
両親の救い
イエス様を自分の主として生きていくことに際して、もちろんいろいろ悩むことはありました。それは、両親のことです。自分がクリスチャンになったことを両親に話しました。また、洗礼式にも参加してもらいました。イエス様のことを伝えて、いろいろ努力しましたが、本人が信じるというふうには全然なりませんでした。
クリスチャンになってから15年経ったころ、私の母方の祖母が亡くなりました。おばあちゃんにもイエス様のことをきちんと伝えたいと思っていたのに、私が病院に見舞に行く直前に死んでしまいました。死んだおばあちゃんの体を見て、とてもくやしかったです。後悔しました。
そこで真剣に祈り始めました。死んでからでは遅すぎる、まだ生きている両親が救われるように祈らなければ、と思いました。神様は祈りを聞いてくださいました。その祖母の死は、私の母にとってもショックだったようです。また、仏式の葬儀のやり方に疑問を持つようになりました。母が初めて、人間の死について深く考え始めたのではないかと思います。
ある時、東京にいる私たちに母が遊びに来ました。私たちは折を見て、両親を教会に誘いましたが、いつもあまり行きたがりませんでした。日曜日に妻が母を説得して、知り合いの韓国人の牧師が牧会されている、近くの教会に連れて行きました。
そして実家に戻った母は私に電話してきました。「近くに、おすすめできる教会はある?」と聞いてきたのです。父親もいっしょに通いたいとのことです。これには驚きました。主の御霊が彼女の思いを動かした以外に、他の説明はできません。
そして数ヶ月がたちました。聖書を勉強しているけれどもなかなか理解できずに、苦しんでいました。けれどもある礼拝の説教で、イエス様が天国に備えをしてくださっている話を聞いたとき、母は泣き崩れました。礼拝が終わっても、泣き止むことはなかったそうです。母から私に電話があり、泣きながら「私は生まれ変わりました。」と言いました。
そしてそれまでは、母の付き合いで教会に通っていた父も、真剣になりました。いろいろ悩んだみたいです。そして父も、三週間後に、牧師といっしょに罪の告白と神の救いを受け入れる祈りをして、彼も新たに生まれました。
二人は、同じイースター礼拝の日に洗礼を受けました。私は、その前日に実家に行きましたが、最初、二人が本当に自分の両親かと疑うほどでした。二人の顔が喜びに満ちています。心の中から洗われた表情をしています。そして、部屋にあった神棚も、仏壇もみな片付けられています。さらに母は、タバコとお酒の問題があったのですが、それをすっかり止めてしまいました。
そして今も、主に従い続けています。皆さんの励ましになればと思うのですが、日本人がクリスチャンになるのは難しいとよく言われますが、神の御霊が働いてくだされば、救いは一瞬の出来事です。どんなに心をかたくなにしている人でも、主が触れてくださったらその人は一気に変わります。
そして母が教会に行くきっかけを作ったのは、韓国人の教会です。その韓国の牧師さんは、日本語は上手ですが、いつも私に「日本人に細かいところで、なかなか伝えられない。」と悩んでおられました。けれども、神の霊が働くときには、そんなことは全く関係ありません。パウロがコリントの教会の人たちに、次のように言いました。
「
十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。
(コリント人への手紙第一1:18)」
「
そして、私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行なわれたものではなく、御霊と御力の現われでした。(コリント人への手紙第一2:4)」
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