マタイによる福音書2章  「この世に現れた王キリスト」


アウトライン

1A  礼拝
  1B  東方の博士
  2B  ヘロデ
  3B  祭司長、学者たち
  4B  星
  5B  ささげもの
2A  逃亡
3A  虐殺
4A  帰国

本文 

 今日はマタイによる福音書2章を学びます。この章のテーマは、「この世に現れたキリスト」です。

 前回は、1章を学んでイエスのルーツを知ることが出来ました。イエスは、人間によればダビデの子孫として生まれ、聖霊によれば神のひとり子としてお生まれになりました。そして、マタイによる福音書に現れているキリストは、王としてのキリストであることを学びました。ダビデの子孫、イエス・キリストです。そこで今日は、この王なるキリストが来られた、まず最初の出来事を、学んでいきたいと思います。

 新約聖書では、キリストの到来は2つの局面に分けられています。つまり、この世に来られた、すなわち誕生したことと、公に人々の前に現れたことに分けられます。マタイによる福音書では、2章において、この世に現れたキリストについて描かれており、3章において、公に現れたキリストが書かれています。今日は、この世に現れた王キリストについて見ていきたいと思います。

1A  礼拝
1B  東方の博士
 イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」

 イエスがこの世に来られてから、まず、最初に受けられたのが、この礼拝です。ユダヤ人の王として礼拝をお受けになりました。

 礼拝をしに来た人物に注目してください。東方から来た博士達です。東方が具体的にどの地域にあたるからは知られていません。けれども、「ユダヤ人の王」という認識はありますから、ユダヤ人たちが居住していたバビロンではないかという推測は出来ます。けれども大切なことは、イスラエルとは特に深い関係を持っていない国からの人達であるということです。

 彼らはまた、星についての博士でした。おそらく天文学者であり、かつ占い師だったろうと思います。ですから、聖書とは全く関係のない分野を研究していた人々でした。国も違うし、文化も違うし、人種も違うし、そして宗教も違うのに、これら東方の博士がユダヤ人の王を拝みに来たのです。

 前回学びましたが、聖書によると、ユダヤ人の先祖であるアブラハムの子孫から、すべての民俗を祝福するメシヤ、すなわちキリストが来られる事が約束されています。そして新約聖書の主張は、約2000年前にイスラエルのベツレヘムでお生まれになったイエスという方がメシヤであるというものです。ですから、イエス・キリストによって、ユダヤ人をはじめとして、全ての民俗の人達が祝福を受けることが出来ます。つまり、キリストは私たち日本人を祝福する王でもあります。以前は天皇が王として、神として崇められていましたが、彼が単なる人間にすぎないことは証明されました。実は、キリストこそ本当の王であり、本当の神なのです。私たちも、キリストを王としてあがめるべきなのです。こうして東方の博士は、イエスをユダヤ人の王として拝みに来ました。

2B  ヘロデ
 3節を読みましょう。それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。

 ヘロデは、当時イスラエルの土地を支配していました。彼は、ユダヤ人ではありませんでしたが、ユダヤ人たちを支配していました。歴史書によると、彼は非常に賢い人であり、神殿をはじめとして、さまざまな素晴らしい建築物を建てました。けれども彼は、パラノイアであって、とても残酷であったことが知られています。自分の息子と妻が陰謀を企んでいると思い込んで、彼らを殺してしまいました。その後、妻の死を悲しみ悼んだと言われています。

さて、ユダヤ人の王を拝みに来た、というヘロデの反応はどうでしたか。恐れ惑った」とあります。自分がユダヤ人の王であるのに、本物の王がお生まれになったことにものすごい脅威を感じたのです。自分の立場が冒されるのを非常に恐れたのです。

 これは私たちにも関係する事です。イエス・キリストについての話を聞いて、理解できるし、納得がいくという人たちは多くいますが、キリストが王であり、この方を中心にしてこれから生きなければならないという話を聞くと、たじろいでしまいます。自分が今まで王であり、自分を中心にして生きてきたからです。今まで自分を支えてきたプライドが根底にあるので、キリストが王であるという真理はその人を恐れさせます。ヘロデは、ユダヤ人の王がお生まれになった知らせを聞いて恐れ惑いました。

3B  祭司長、学者たち
 それでは4節を見て下さい。そこで、王は、民の祭司長たち、学者たちをみな集めて、キリストはどこで生まれるのかと問いただした。彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者によってこう書かれているからです。 『ユダの地、ベツレヘム。あなたはユダを治める者たちの中で、決して一番小さくはない。わたしの民イスラエルを治める支配者が、あなたから出るのだから。』」 そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、彼らから星の出現の時間を突き止めた。 そして、こう言って彼らをベツレヘムに送った。「行って幼子のことを詳しく調べ、わかったら知らせてもらいたい。私も行って拝むから。」

 ヘロデ王は、民の祭司長たちと、学者達を集め、キリストの生まれる場所を聖書から聞きました。その後、博士たちからキリストの生まれた推定時期を聞いています。ヘロデ王は、ユダヤ人の王が生まれたことを少なくとも非常に真険になって受けとめていることがわかります。その一方、民の祭司長たちと、学者たちが関心をしめしているようではありません。彼らは聖書を調べ、聖書に精通している立場にいるはずの人たちでしたが、ユダヤ人ではない博士たちやヘロデとは違って、得に興味を示さなかったのです。

 いわゆる宗教学者とか呼ばれている者たちは、しばしば、このように真理やキリストに無関心なのです。日本では、オウム真理教などの事件が起こると、必ず宗教学者が出てきます。いろいろ難しい事を話していますが、人々の霊的な必要について特に関心がないのです。マスメディアも、なぜそのような人々に話させるのかとても不思議です。今回の中学生の殺人事件でも、学者や、評論家たちがいろいろな意見を述べますが、それよりも今の中学生の方が的を得たしっかりとした意見を話しています。2000年前も今と変わりません。祭司長や学者たちは、聖書からキリストの生まれる場所を教えましたが。キリストそのものについては興味がありませんでした。

4B  星
 9節を見ましょう。彼らは王の言ったことを聞いて出かけた。すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。

 博士たちが見た星が、博士たちを幼子キリストのところまで先導しました。この星が何の星であるかいろいろな意見がありますが、どれも適切ではありません。これは、星が超自然的に動いたと考えた方がいいでしょう。こう思われるかも知れません。「まさか、星が不規則に動くなんて信じられない。また、一人の赤ちゃんのために何で星が動くんだ。」と。けれどもこの赤ちゃんは、神が人間の姿を取って来られた方である事を前回学びました。マタイ1章23節には、「その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)とあります。聖書の1番最初のことばは、「初めに、神は天と地を創造された。」です。天と地と海とそこにいるすべてのものを造られた方が、一つの星を動かすのは何の困難もありません。

 このように、博士たちがキリストを礼拝する時に、星が彼らを先導しました。そして彼らはこの上もなく喜びましたね。ヘロデが恐れ惑う姿と対象的です。けれども、これがキリストをひれ伏し拝む人々の心の状態です。詩篇100篇にはこう書かれています。「全地よ。主に向かって喜びの声をあげよ。喜びをもって主に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。」

5B  ささげもの
 そして彼らは礼拝しました。そしてその家にはいって、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。

 博士たちの礼拝は、ささげた宝の中に示されています。この3つはいずれも王を王として認める贈り物です。黄金は、王の輝かしい栄光が示されています。世界中のどのようなすばらしいものでも、キリストのすばらしさに比べれば実に小さなものです。乳香は、神への祈りにささげられる香りです。キリストは神であり、聖徒たちの祈りを聞かれます。そして没薬は、死体の防腐剤として使われますが、なぜユダヤ人の王に対してそのような物がささげられたのでしょうか。彼ら自身は知らなかったでしょうが、聖書には、キリストが罪のために死なれることが預言されています。実にイエスは、30代の時に十字架につけられて死なれました。この方こそ、全人類の罪の供え物となってくださった救い主であり、この方を信頼することによってつみの赦しを得ることが出来ます。

 すべての人は罪を犯し、一度死ぬ事と、死後にさばきにあうことが定められています。しかし神は、ひとり子のキリストをこの世に遣わし、この方を通して救われる計画をつくってくださいました。こうして、博士たちがキリストを礼拝するとき、黄金と乳香と没薬を贈り物としてささげました。

2A  逃亡
 これでキリストが礼拝をもって迎え入れられた部分を読みました。次に、幼子キリストがヘロデの手から守られる部分を読みます。彼らが帰って行ったとき、見よ、主の使いが夢でヨセフに現われて言った。「立って、幼子とその母を連れ、エジプトへ逃げなさい。そして、私が知らせるまで、そこにいなさい。ヘロデがこの幼子を捜し出して殺そうとしています。」 そこで、ヨセフは立って、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトに立ちのき、 ヘロデが死ぬまでそこにいた。これは、主が預言者を通して、「わたしはエジプトから、わたしの子を呼び出した。」と言われた事が成就するためであった。

 ヘロデが、「わたしも行って拝むから。」と言った言葉は嘘でした。神は、ヘロデの手からきりスロを守るために天使を遣わされて、エジプトに逃げなさい、とヨセフに伝えました。

 なぜほかの地域でなくエジプトなのか、その理由は、聖書の預言が成就するためであった、とあります。これは旧約聖書のホセア書という書物からの引用ですが、そこを開いてみましょう。ホセア書11章1節です。「イスラエルが幼いころ、私は彼を愛し私の子をエジプトから呼び出した。」2節も読みます。「それなのに、彼らを呼べば呼ぶほど、彼らはいよいよ遠ざかり、バアル太刀にいけにえを捧げ、刻んだ像に香をたいた。」文脈を見ると、これはイスラエルの民族が、エジプトから脱出した事実を述べている箇所ですね。それなのになぜマタイが、この箇所をキリストの預言と見るのでしょうか。それは、イスラエルの歴史が、キリストご自身の生涯を指し示すからです。

 イスラエルはエジプトで苦役を強いられました。そして、神の強い御手によって、エジプト軍から救い出されました。紅海が分かれる奇跡です。そして荒野で40年間彼らを試されました。イエス・キリストも同じです。キリストはエジプトに住みました。そしてヘロデの手からいのちを救い出されました。そしてイスラエルの地に来られました。ここの預言にある通りです。そして4章をみると、イエスは荒野の中で誘惑を受けられています。そしてまた、十字架の上で苦しみを受けられました。ですからイスラエルの歴史はキリストご自身を指し示していたのです。こうして、キリストはエジプトでヘロデの手から守られました。

3A  虐殺
 次にヘロデの無慈悲な虐殺の記述を読みます。その後、ヘロデは、博士たちにだまされたことがわかると、非常におこって、人をやって、ベツレヘムとその近辺の二歳以下の男の子をひとり残らず殺させた。その年令は博士たちから突き止めておいた時間から割り出したのである。 そのとき、預言者エレミヤを通して言われた事が成就した。「ラマで声がする。泣き、そして嘆き叫ぶ声。ラケルがその子らのために泣いている。ラケルは慰められることを拒んだ。子らがもういないからだ。」

 ヘロデは結局、ユダヤ人の王キリストを殺す事に決めました。「私も行って拝むから。」とまで言ったヘロデなのに、なぜこうも逆の方向に出てくるのでしょうか。その理由を知るためには、ヘロデと東方の博士の違いを見る必要があります。東方の博士たちは、イスラエルにユダヤ人の王を拝むというはっきりとした決断をもって、エルサレムにやって来ました。けれどもヘロデは、まず恐れ惑い、次に宗教学者たちを集め、それから、ひそかに博士たちを集めるなど、礼拝をするというはっきりとした決断をしていなかったからです。

 モーセがエジプトの王パロに、イスラエルの民を行かせて、主に仕えさせるように申し出たとき、パロは最初こそはっきりと断りましたが、度重なる災害を体験して、このように言いました。「私は、おまえたちを行かせよう。おまえ達は荒野でおまえ達の神、主にいけにえをささげるがよい。ただ、決して遠くへ行ってはならない。私のために祈ってくれ。」この言葉だけ聞くと、もしかしたらパロも神を信じているのか、と思ってしまいます。「私のために祈ってくれ。」と。しかし、イスラエルの民が実際に出ていったとき、パロは全軍を率いてイスラエルの民を滅ぼし尽くそうとしたのです。でも結局、エジプト軍が分かれた紅海を歩いている時に、海がもとに戻り、彼らのほうが滅んでしまいましたが、ヘロデが言った言葉とパロの言葉が酷似しています。「行って幼子のことを詳しく調べ、わかったら知らせてもらいたい。私も行って拝むから。」主を礼拝すると言いながら、心の奥底ではキリストなんか、できたらいないほうがいい。葬り去られよ、というかたくなな心を示しています。

 私たちはどうでしょうか。私たちにも、キリストを拝むかキリストを抹殺するかの二者択一しかありません。キリストにひれ伏すときは、自分を支えていたプライドを捨てて、へりくだり、この方を自分の主とするはっきりした決断をもたなければいけません。ダビデは、「神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。」と言いました。もしそうでなければ、ヘロデと同じように、キリストを抹殺する決断をするしかありません。彼は王という立場にいて、かつパラノイアでしたから、自分の心の状態が外に現れました。けれども、キリストを主としないすべての人は、思いの中で、心の中で、行動の中でキリストを抹殺します。キリストは、イスラエルと世界を支配する王です。この方への正しい応答は礼拝しかありません。さもなければ反逆しかありません。中間は存在しないのです。

4A  帰国
 それでは、ヘロデ王が死んだ後のことを読んでみましょう。彼のキリスト抹殺の計画は失敗しました。ヘロデが死ぬと、見よ、主の使いが、夢でエジプトにいるヨセフに現われて、言った。「立って、幼子とその母を連れて、イスラエルの地に行きなさい。幼子のいのちをつけねらっていた人たちは死にました。」 そこで、彼は立って、幼子とその母を連れて、イスラエルの地にはいった。 しかし、アケラオが父ヘロデに代わってユダヤを治めていると聞いたので、そこに行ってとどまることを恐れた。そして、夢で戒めを受けたので、ガリラヤ地方に立ちのいた。

 ヨセフとマリヤと幼子イエスは、イスラエルの地に戻りました。ただ、ベツレヘムのあったユダヤの地域ではなく、ガリラヤ地方に立ちのきました。その理由として、アケラオがユダヤを治めていたからだとあります。アケラオは、父ヘロデにさらに輪をかけて悪者でした。あまりにも悪いので、ローマ帝国は彼を王座から取り除き、そこにローマの総督を置きました。その反面、イスラエルの北部に当たるガラテヤ地方は、父ヘロデの子アンテパスの統治下にありました。彼は比較的寛容な政策をとったため、ヨセフの家族はそこに住むことが出来たのです。

 さて、新約聖書の中には4人のヘロデが出てきます。一人目は、今マタイ2章に出てきたヘロデです。彼はヘロデ大王と呼ばれます。彼はエドムの子孫の最後に当たる人物です。そして2番目に出てくるのが、今話したヘロデ・アンテパスです。マルコ6章に出てきます。彼は、バプテスマのヨハネの首を切るように命じました。そして、アンテパスの子でヘロデ・アグリッパ1世というのがいます。アグリッパ1世は、12使徒の一人のヤコブを殺した人物です。使徒行伝12章に出てきます。その後天使に打たれて死にました。そして4人目のヘロデは、アグリッパ2世です。使徒行伝26章に出てきます。パウロが牢獄につながれているとき、フェストがその地方の総督でしたが、パウロがローマ帝国に上訴しました。けれども、パウロに対する告発状が証拠もなくしっかりしていないのをフェストは知っていたので、アグリッパ2世に頼んで、パウロを拘置するもっともな理由を導き出してもらおうとしました。そこでパウロはアグリッパの前に立って、弁明をはじめました。ところがそれは、パウロにとって絶好の伝道の機会であり、パウロの話によって、彼はほとんどクリスチャンになりそうになったのです。この4人のヘロデが新約聖書に登場します。

 ガリラヤ地方に立ちのいた話に戻りますが、ヨセフはアケラオを恐れた結果の決断であると同時に、マタイによる福音書4章以降を見ると、ガラテヤがイエスの宣教の中心地になっていることがわかります。また聖書の預言にも、ガラテヤの地方に光が上がったというものがあり、その預言が成就した形にもなったのです。ヨセフの頭の中には、そんなことまで考える余裕もなく、ただ幼子イエスを守るために、アケラオを恐れただけにすぎません。けれども、そうしたすべての状況を用いて、神は、ご自分の計画を果たされます。神によって、アケラオがユダヤを支配していたと言えますし、ヨセフに恐れを送ったとも言えるわけです。すべてのことが神の御手の中にあり、私たちがその時はわからないことも、神はその状況を用いてみこころを行われます。

 最後の節を読みましょう。そして、ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちを通して「この方はナザレ人と呼ばれる。」と言われた事が成就するためであった。

 イエスはナザレという町で育ちました。そしてこれも預言の成就ですが、旧約聖書のどこを見ても、これが直接に引用されたようには見受けられません。マタイは確かに「預言者」と言わないで「預言者たち」と言っていますから、直接の引用でないことは確かです。ヘブル語の中でネツェルという単語があり、それは「若枝」という意味です。イザヤ所11章をお開き下さい。「エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。その上に、主の霊がとどまる。それは知恵と悟りの霊、はかりごとと能力の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である。・・」これはまさにメシヤの預言です。そこに1節の。「若枝」と言葉が使われており、ネツェルという発音をします。そこでここのナザレとは、このヘブル語の単語で言葉遊びをしているのです。

 ナザレはだれにも知られない町でした。私の友人がイスラエル旅行をしているときに海岸都市のカイザリヤのほうからガリラヤ湖にバスが向かったそうですが、少しうたた寝していたらいつの間にかナザレを通り過ぎていた、と言っていました。今でも、特に何もない町なようです。事実ヨハネによる福音書1章に出てくるナタニエルは「ナザレから何の良いものが出てくるだろう。」と言いました。しかい預言者イザヤがメシヤについて次のように預言しています。53章です。「私たちの聞いたことをだれが信じたか。主の御腕は、だれに現れたのか。彼は主の前に若枝のように芽生え、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見てとれるような姿もなく、輝きもなく、私たちがしたうような見ばえもない。」メシヤであるイエスは、確かに砂漠の地から出る根のように育ちました。得に見ばえのない町で、見ばえのない生活をされていたのです。

 そして3章で30歳を越えてからイエスが登場します。その時から、人々の前に公に現れました。しかし、なぜ30歳なのでしょうか。ルカが少しだけ少年イエスを描いていますが、ほかの福音書を読んでも、幼子のキリストと30歳以降のイエスしか描かれていません。イエスは、マタイ5章17節で「わたしが来たのは律法や預言者を破棄するためだと思ってはなりません。破棄するためではなく成就するために来たのです。」と言われました。そこで律法の一つである民数記を見ましょう。民数記の4章3節です。「それは会見の天幕で務めにつき、仕事をすることのできる30歳以上50歳までのすべての者である。」祭司の務めにつき、仕事をできるのは30歳以上50歳まででした。ユダヤ人はイエスに「あなたは50歳にもなっていないのに、アブラハムを見たのですか。」と言っていますから、このユダヤ人指導者は、イエスが50歳以下であったことを証ししています。イエスは神と人との仲介の役を果たす大祭司であることが、ヘブル書に書かれています。そして祭司として働ける年齢は30歳以上です。したがって、ナザレにいた沈黙期間もすべての律法を成就させるためには、必要な事だったのです。イエスがナザレで育ち、約30年間人々の前に公に現れなかったのは、まさに預言の成就だったのです。

 こうして、王なるキリストがこの世に現れたとき、礼拝をもって迎え入れられたことを学びました。私たちもキリストと関係を持つとき、礼拝することが必要です。そこには喜びがあり、ささげものがあります。キリストは、すべての人から礼拝と賛美を受けるべき、すべてのものの王であり、主です。お祈りしましょう。


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