サムエル記第二5−6章 「王国の隆盛」


アウトライン

1A イスラエル統一 5
   1B 全部族による任命 1−5
   2B 首都移転 6−16
   3B 敵の展開 17−25
2A 神の箱の移動 6
   1B 異教的な方法 1−11
   2B 全身の喜び 12−19
   3B 礼拝者への侮蔑 20−23

本文

 サムエル記第二5章を開いてください。今日は5章と6章を学びますが、ここでのテーマは「王国の隆盛」です。ダビデの下、イスラエルが統一され、王国が盛んになっていく様子を見ていきます。

1A イスラエル統一 5
1B 全部族による任命 1−5
5:1 イスラエルの全部族は、ヘブロンのダビデのもとに来てこう言った。「ご覧のとおり、私たちはあなたの骨肉です。5:2 これまで、サウルが私たちの王であった時でさえ、イスラエルを動かしていたのは、あなたでした。しかも、主はあなたに言われました。『あなたがわたしの民イスラエルを牧し、あなたがイスラエルの君主となる。』」

 前回の学びを思い出してください、ダビデ家とサウル家の戦いが続いていましたが、サウル家の将軍アブネルが、ダビデに王権の移行を申し出ました。けれどもヨアブがアブネルを殺し、ダビデはアブネルのために悲しみ悼みました。これを見て、イスラエルの全てが、アブネルを殺したのはダビデから出たものではないことが分かりました。そして、サウル家の王であるイシュ・ボシェテは、二人のベニヤミン人によって殺されましたが、ダビデはその悪のゆえに彼らを死刑にしました。

 これでサウル家のようには王も将軍もいなくなったのですが、イスラエルの全部族がダビデにあなたが私たちの王です、と言い寄って来ました。まず、「私たちはあなたの骨肉です」と言っています。しばらくの間、ユダとイスラエルに分かれて戦っていましたが、私たちとあなた様は同じイスラエル人です、ということです。

そして、「サウルが私たちの王であった時でさえ、イスラエルを動かしていたのは、あなたでした。」と言っています。彼らはこのことにも気づいていました。主の御霊がサウルから去りダビデが油注がれたことを、彼らは第三者的に見ても認めることができたのです。私たちのクリスチャンとしての働きも、体裁をどのように整えても、御霊の働きがないのであれば、他の人たちから認められません。けれども主の御霊によれば、その人がどのように低められていようと、だれもが認めることができます。そしてアブネルと同じように、彼らは主がダビデに語られた、ダビデを王とするということばを知っていました。

5:3 イスラエルの全長老がヘブロンの王のもとに来たとき、ダビデ王は、ヘブロンで主の前に、彼らと契約を結び、彼らはダビデに油をそそいでイスラエルの王とした。5:4 ダビデは三十歳で王となり、四十年間、王であった。5:5 ヘブロンで七年六か月、ユダを治め、エルサレムで三十三年、全イスラエルとユダを治めた。

 ダビデがイスラエルの王となったときの年齢ですが、非常に興味深いです。それは30歳ですが、ヨセフがエジプトで支配者となったのも30歳の時でした。なぜなら、ダビデもまたヨセフも、後に来られるキリストを指し示していたからです。イエスさまが教えを始められたときは、およそ30歳であったと、ルカによる福音書3章23節に書かれています。ダビデの子であり、とこしえの神の国の王となられるキリストをダビデは表しています。さらに民数記4章には、主の幕屋で奉仕することができる人が三十歳から五十歳までの人である、と書かれており、祭司もまたイエスのお姿を表していました。イエスは、王としても祭司としても油注がれたメシヤ、キリストだったのです。

2B 首都移転 6−16
5:6 王とその部下がエルサレムに来て、その地の住民エブス人のところに行ったとき、彼らはダビデに言った。「あなたはここに来ることはできない。めしいや足なえでさえ、あなたを追い出せる。彼らは、ダビデがここに来ることができない、と考えていたからであった。

 ここで「エルサレム」が出てきます。聖書では811回出てくる非常に重要な都です。神が、ご自分の名をそこに置く、と言われた神の都です。そして世の終わりには、天から下ってくる永遠の都が、新しいエルサレムと呼ばれています。ダビデがエルサレムを攻め取ったときから、エルサレムはユダヤ人のものとなりました。

 実はこの前から、神さまはエルサレムにて働いておられました。アブラハムが連れ去られたロトと彼の家族や財産を取り戻した後、自分のところに戻ってきましたが、その時ソドムの王の他に、サレムの王が、義の王とも言われるメルキデゼクが彼を祝福しに来ました(以下創世記14章参照)。彼はいと高き神の祭司であると書かれていますが、ヘブル書の注解を読むと、この方はイエス・キリストご自身である可能性があります。そしてこの王の町サレムは、エルサレムの短縮形です。そしてアブラハムがその子イサクをささげるように示された山がモリヤですが、モリヤ山は今、神殿の丘のところであり、エルサレムです。(そしてもちろん、私たちの主イエス・キリストが死なれ、葬られ、よみがえられた町、そして聖霊が弟子たちに下り、教会が誕生した町もエルサレムです。)

 ですから神によって、ご自分の計画の中心的な町でありますが、400年ほど前、主はヨシュアを通してカナン人やエブス人の町々をことごとく聖絶して自分たちのものとせよ、という命令を与えておられました。ところが、たしかにユダ族がそこを攻めたことが士師記1章8節に書かれていますが、攻め取って自分たちのものとしなかったようです。そのために、エブス人がいつまでも居座り、紀元前約1000年になっているダビデの時代にも、いまだカナン人の手の中にありました。エブス人がダビデを、盲人や足なえでさえもおまえを追い払えると侮辱しましたが、それもそのはず、エルサレムはその地形からして、難攻不落の自然要塞だからです。

5:7 しかし、ダビデはシオンの要害を攻め取った。これが、ダビデの町である。5:8 その日ダビデは、「だれでもエブス人を打とうとする者は、水汲みの地下道を抜けて、ダビデが憎む足なえとめしいを打て。」と言った。このため、「めしいや足なえは宮にはいってはならない。」と言われている。

 エルサレムの町は城壁で守られていましたが、課題は水の供給でした。地下水や泉を汲み入れなければいけませんが、城壁の外にある泉をどのように汲み入れたらよいかが課題でした。そこで、ヒゼキヤ王がアッシリヤに包囲されたときに行なったように、地下道を掘って、城壁の外の水源を城壁内にまで引いて行ったのです(図参照)。1922年、ウォレンという考古学者が、おそらくはダビデがエブス人からエルサレムを攻め取った時の地下道ではないかと思われる場所を発見しました(写真参照)。

 そこは現在でも観光客も行けるそうですが、井戸のように立抗になっていて、そこをよじのぼってエルサレムの町に入れたことが分かっています。歴代誌第一11章6節によりますと、将軍ヨアブがこの立抗をよじ登ったことが書かれています。リンク先の写真でも分かるとおり、武具と武器を身につけたままでよじ登るのは、並大抵なことではなかったでしょう。

5:9 こうしてダビデはこの要害を住まいとして、これをダビデの町と呼んだ。ダビデはミロから内側にかけて、回りに城壁を建てた。

 ダビデの町は、今のエルサレムの町にある城壁の外、南側にあります。写真参照

5:10 ダビデはますます大いなる者となり、万軍の神、主が彼とともにおられた。

 ここで大事なのは、「万軍の神、主が彼とともにおられた」という言葉です。イエスさまも弟子たちに、「わたしは世の終わりまで、あなたがたたとともにいます。」と約束されましたが、主がともにおられるのかおられないのかで、すべてが決まります。

5:11 ツロの王ヒラムは、ダビデのもとに使者を送り、杉材、大工、石工を送った。彼らはダビデのために王宮を建てた。

 ツロは今のレバノンのところの町です。イスラエルだけでなく、周囲の諸外国も主がダビデとともにおられることを認めはじめました。

5:12 ダビデは、主が彼をイスラエルの王として堅く立て、ご自分の民イスラエルのために、彼の王国を盛んにされたのを知った。

 ここが今日の学びのテーマになっています。「彼の王国」というところは、英訳の聖書には、「この方の王国」つまり、神の王国と訳されているものもあります。ダビデは、自分がイスラエル王になって、自分の民であるイスラエルを治め、自分の王国が繁栄したとは考えませんでした。彼は、自分ではなく主が自分をイスラエルの王にしてくださり、そして自分ではなく主の民イスラエルを治め、そして自分ではなく神の王国であるを知ったのです。自分が中心ではなく、神が中心の世界をダビデは見て、知ったのです。

 ダビデはよく知っていました。自分のものは何もなく、すべては主から与えられているということです。自分は神に用いられている器にしかすぎなく、したがってただ主を恐れて、主に言われていることを行なうことが自分のすべてであることを知っていました。サウルのときの統治と比べてみてください。彼はイスラエルを自分の所有物だと考え、自分の国が栄えることだけを考えていました。自分の縄張りを作っていました。けれどもダビデには、縄張りはありませんでした。ただあったのは、主を慕うその心だけでした。

 私たちは自分の領域を持っています。自分の生活の領域、仕事における領域、そして教会における奉仕の領域など、いろいろです。そしてそれが主のものとなっているか、それとも自分のお城をつくっているのか、一度立ち止まって考える時があっていいと思います。それを知るのは、自分が主を恐れて、主の戒めを守っているかどうかによって分かります。私たちが神に服従して広がった領域は神のものであり、自分で行なって広がった領域は自分のものです。イスラエルの国について、ダビデは自分の心以外は、すべて神の領域になっていました。

 とは言いましたが、ダビデも私たちと変わらない人間であったこと、不完全な存在であったことが次の箇所から分かります。

5:13 ダビデはヘブロンから来て後、エルサレムで、さらにそばめたちと妻たちをめとった。ダビデにはさらに、息子、娘たちが生まれた。5:14 エルサレムで彼に生まれた子の名は次のとおり。シャムア、ショバブ、ナタン、ソロモン、5:15 イブハル、エリシュア、ネフェグ、ヤフィア、5:16 エリシャマ、エルヤダ、エリフェレテであった。

 一見、たくさんの子が与えられて祝福されているように見えますが、前回話しましたように、イスラエルから出た王は、多くの妻を持ってはならないと、神はモーセを通してお語りになっていました。彼の弱さは妻たちとの関係、そして子供たちとの関係にありました。サムエル記第二後半部分にて、この弱さが問題として露呈していきます。

3B 敵の展開 17−25
5:17 ペリシテ人は、ダビデが油をそそがれてイスラエルの王となったことを聞いた。そこでペリシテ人はみな、ダビデをねらって上って来た。ダビデはそれと聞き、要害に下って行った。5:18 ペリシテ人は来て、レファイムの谷間に展開した。

 主が働かれると、必ずこのように敵からの反対に会います。主がダビデを下にイスラエルを一つにされたとき、ペリシテ人がそれを脅威とみなし、ダビデの町の南西にあるレファイムの谷間に軍を展開させました。

5:19 そこで、ダビデは主に伺って言った。「ペリシテ人を攻めに上るべきでしょうか。彼らを私の手に渡してくださるでしょうか。」すると主はダビデに仰せられた。「上れ。わたしは必ず、ペリシテ人をあなたの手に渡すから。」

 再びダビデは、自分で勝手に判断して動くことはありませんでした。主に伺っています。ペリシテ人がやってきているのだから、攻めにいくのが当たり前です。けれども当たり前だと思われることさえ、主に聞いています。彼はいつも、自分の前につねに主を認めていきました。

5:20 それで、ダビデはバアル・ペラツィムに行き、そこで彼らを打った。そして言った。「主は、水が破れ出るように、私の前で私の敵を破られた。」それゆえ彼は、その場所の名をバアル・ペラツィムと呼んだ。5:21 彼らが自分たちの偶像を置き去りにして行ったので、ダビデとその部下はそれらを運んで捨てた。

 主がペリシテ人を打ち破られました。そしてダビデは彼らの偶像を運んで捨てています。普通、戦いに勝ったときは敵の神々を持ち去ることによって、自分たちの神々のほうが優れていることを誇示します。(ペリシテ人が奪い取った契約の箱を、自分たちの神ダゴンの横に安置したことを思い出してください。神の箱はもちろん偶像ではありませんが、あのような方法で持ち去ります。)けれどもダビデたちはこれらを捨てました。すばらしいですね、主の戒めに従っています。

5:22 ところがペリシテ人は、なおもまた上って来て、レファイムの谷間に展開した。5:23 そこで、ダビデが主に伺ったところ、主は仰せられた。「上って行くな。彼らのうしろに回って行き、バルサム樹の林の前から彼らに向かえ。5:24 バルサム樹の林の上から行進の音が聞こえたら、そのとき、あなたは攻め上れ。そのとき、主はすでに、ペリシテ人の陣営を打つために、あなたより先に出ているから。」

 またしつこくペリシテ人がやって来ました。私たちの敵悪魔も執拗です。そしてダビデは、またも主に伺いました。そうしたら主は先とは異なる指示をダビデに与えておられます。ここは大事です。私たちは主にしたがって、何かすばらしいことが起こると、すぐにそれを法則化してしまいます。「こうすれば、主が働かれるに違いない。」とか、「主はこう働いてくださるはずだ」と自分勝手に判断してしまうのです。けれどもダビデはそれを行ないませんでした。私たちがどれほど、日々の生活の中で主を仰ぐことを忘れてはいけないかを思わされます。

5:25 ダビデは、主が彼に命じたとおりにし、ゲバからゲゼルに至るまでのペリシテ人を打った。

 ダビデは逃げていくペリシテ人を追って、はるか北にあるゲバやゲゼルまで追っていくことができました。

2A 神の箱の移動 6
 こうしてダビデはイスラエル全体の王となりエルサレムを首都としましたが、その後はじめに行なうことが何であったかを注目することは大切です。ノアのことを思い出してください。彼は洪水が終わって、箱舟から出てきたとき初めに行なったのは、全焼のいけにえをささげることでした。自分の生活を始める前に、すべてに先んじて主に感謝し、主を礼拝しました。霊的な偉人はつねにこういう姿勢を持っています。ダビデも同じでした。彼は、契約の箱をエルサレムに運んできました。

1B 異教的な方法 1−11
6:1 ダビデは再びイスラエルの精鋭三万をことごとく集めた。

 ダビデは神の箱をエルサレムに運んで来るために、精鋭を三万も集めています。ここにダビデの心が現われています。エルサレムにて主への礼拝が行なわれることが、何にもまして大切なことであったから、非常に重要な出来事としました。私たちにとって、礼拝が、教会の礼拝であろうと、個人で主と時間を過ごすことであろうと、それらが生活の中心であり、いかなる犠牲を払ってでも守っているものになっているでしょうか?これが義務的ではなく、なくてはならぬもの、自分自身の喜びになっているでしょうか?ダビデは精鋭を集めました。

6:2 ダビデはユダのバアラから神の箱を運び上ろうとして、自分につくすべての民とともに出かけた。神の箱は、ケルビムの上に座しておられる万軍の主の名で呼ばれている。

 神の箱は、天に座しておられる神の臨在を表しています。父なる神の御座の周りには、ケルビムという御使いがいます。神の箱をエルサレムに運ぶということは、自分が主の臨在の中に入ることを意味します。

6:3 彼らは、神の箱を、新しい車に載せて、丘の上にあるアビナダブの家から運び出した。アビナダブの子、ウザとアフヨが新しい車を御していた。

 さて、ここから変なことが始まります。神の箱はアビナダブの家にあったことを思い出せるでしょうか?ペリシテ人によって奪い取られた神の箱は、二頭の雌牛が引く車に乗せられて、ベテ・シェメシュというイスラエル人の町にやって来ました。けれどもイスラエル人は、主の戒めに反して、神の箱の上にある贖いの蓋を取ってしまいました。それで五万七十人が死にました。それからアビナダブの家にこの箱を守らせました。そして月日はほぼ70年経っています。

 そしてここで変なのは、アビナダブの子が車に乗せて神の箱を運んでいることです。神の箱は、ちょうど神輿のように、棒が両側に付いています。それは、レビ人のケハテ族の人たちが担いで運ばなければいけないものでした(出エジプト25:12−15;民数4:15)。アビナダブがレビ人であるかどうかは分かりません。もしそうでないなら、勝手に運び出していることになります。そして、神の箱を車に乗せて運び出しているのは、完全に主の戒めに違反することです。

 そして新しい車に乗せるという思いつきは、もちろんペリシテ人が神の箱を戻すときにそのように行なったからです。つまり世の方法を真似して、主を礼拝しようとしました。礼拝するという動機は間違っていませんでした。世的な方法を取り入れて、礼拝しようとしたのです。

6:4 丘の上にあるアビナダブの家からそれを神の箱とともに運び出したとき、アヨフは箱の前を歩いていた。6:5 ダビデとイスラエルの全家は歌を歌い、立琴、琴、タンバリン、カスタネット、シンバルを鳴らして、主の前で、力の限り喜び踊った。

 すばらしいですね、音楽を奏でて主を礼拝し、力強く踊ってさえいます。けれども、間違った方法であっても、このように感情的に高まる賛美をすることができる、ということがあります。私たちの礼拝においてはどうでしょうか?人々をもっとたくさん集めるために、人々の必要に敏感になっていろいろなプログラムをこしらえることはないでしょうか?伝道のきっかけ作りのため、という意味であっても良いと私は思いますが、それが教会やクリスチャンにとって中心的なことになっていったらどうなるでしょうか?感情的には高まっていますが、実は主の怒りを買っていることさえあるのだ、ということを知る必要があります。

6:6 こうして彼らがナコンの打ち場まで来たとき、ウザは神の箱に手を伸ばして、それを押えた。牛がそれをひっくり返しそうになったからである。6:7 すると、主の怒りがウザに向かって燃え上がり、神は、その不敬の罪のために、彼をその場で打たれたので、彼は神の箱のかたわらのその場で死んだ。6:8 ダビデの心は激した。ウザによる割りこみに主が怒りを発せられたからである。それで、その場所はペレツ・ウザと呼ばれた。今日もそうである。

 なぜウザが殺されたのでしょうか?あまりにもひどい、と思われる人は、どうぞ民数記4章15節を読んでください。「宿営が進むときは、アロンとその子らが聖なるものと聖所のすべての器具をおおい終わって、その後にケハテ族がはいって来て、これらを運ばなければならない。彼らが聖なるものに触れて死なないためである。」聖所の祭具はみな聖なるものです。そして至聖所の祭具は最も聖なるものです。主のご臨在そのものを表しています。ですから触っていけなかったのです。ウザは、善意で箱に触ったのですが、人間的な善意にしか過ぎませんでした。私たちも何も間違ったことはしていない、と主張しても、聖書の言葉に照らしたら間違っていることはあるのです。

6:9 その日ダビデは主を恐れて言った。「主の箱を、私のところにお迎えすることはできない。」

 ダビデの心に主への恐れが生じました。箴言に、主を恐れることは知恵の初めであると書かれていますが、ここから私たちの正しい礼拝が始まります。

6:10 ダビデは主の箱を彼のところ、ダビデの町に移したくなかったので、ガテ人オベデ・エドムの家にそれを回した。6:11 こうして、主の箱はガテ人オベデ・エドムの家に三か月とどまった。主はオベデ・エドムと彼の全家を祝福された。

 ダビデは、自分が神の箱を受け入れるのにふさわしい人間なのか、という思いが生じたのでしょう。主は自分のしていることをお喜びになっているのか、と思ったのでしょう。けれども、主はオベデ・エドムの家を通して、祝福したいと願われていることをダビデは知りました。

2B 全身の喜び 12−19
6:12 主が神の箱のことで、オベデ・エドムの家と彼に属するすべてのものを祝福された、ということがダビデ王に知らされた。そこでダビデは行って、喜びをもって神の箱をオベデ・エドムの家からダビデの町へ運び上った。6:13 主の箱をかつぐ者たちが六歩進んだとき、ダビデは肥えた牛をいけにえとしてささげた。

 ダビデは今度は、正しい方法で持ってきました。そしてすばらしいことに、なんと主の箱をかつぐ者たちが六歩あるくごとに、やせているのではなく肥えた牛をささげていきました。なんともったいないというか、手間のかかる運び方をしているのでしょうか!けれども、彼は高価な牛をささげることによって、自分が主にすべてをささげていることを示していたのです。私たちの礼拝は、自分のからだを生きたいけにえとしてささげていることに基づいています。ローマ12章には、だから、この世と調子を合わせることなく、何が完全で、良く、みこころに沿ったものなのかを、思いの一新によって変えなさい、と勧められています。

 私たちがいくら、プレイズやワーシップが好きでも、家の中で自分の奥さんや旦那さんと喧嘩していたり、兄弟を憎んでいたりしたら、本当の礼拝ではありません。自分を主に従わせるところから出てくる、主にある喜びが真の礼拝の源泉なのです。

6:14 ダビデは、主の前で、力の限り踊った。ダビデは亜麻布のエポデをまとっていた。6:15 ダビデとイスラエルの全家は、歓声をあげ、角笛を鳴らして、主の箱を運び上った。

 彼が力の限り踊ったというので思い出すのが、ユダヤ人のダンスです。あのマイムマイムは、イスラエルのフォークダンスですが、みなが輪になって勢い良く踊ります。何時間も踊りまくります。ダビデは主の前で、力強く踊りました。

 そして彼が亜麻布のエポデをまとっていたとありますが、これは他のレビ人が着ているものと同じものです。つまり彼は王服を脱いで、一般人の中にはいって共に神を賛美していたのです。ここにダビデのすばらしい心があります。彼はきどりませんでした。そして自分が他の人々より高いところに着いている者だとは考えませんでした。もちろん職務として王でありますが、礼拝するときはみな、主の前で同じところに立っています。私たちは、牧師を先生、信徒を平信徒と呼んで、どこかで礼拝に階級をつけていないでしょうか?けれどもダビデはそのようなことをしませんでした。

6:16 主の箱はダビデの町にはいった。サウルの娘ミカルは窓から見おろし、ダビデ王が主の前ではねたり踊ったりしているのを見て、心の中で彼をさげすんだ。

 ミカルがいます。覚えていますか、サウルの将軍アブネルがイスラエルの王権をダビデに移行することを申し出てきたとき、ダビデは、ミカルを取り戻すことを条件に承諾しました。ミカルはダビデを愛して、それを知ったサウルはそのことを口実に、ダビデをペリシテ人によって殺すことを考えていました。けれどもその試みは失敗しました。次にダビデを寝室の中で拉致しようと考えましたが、ミカルがダビデをひそかに家から逃しました。彼女がダビデのことを愛していたことが分かります。

 けれども戻ってきて、その愛は続いていたかというとそうではないようです。彼女は、ダビデの礼拝をさげすみました。人間としてのダビデは愛していたかもしれませんが、神に愛された人ダビデは愛せなかったものと考えられます。

6:17 こうして彼らは、主の箱を運び込み、ダビデがそのために張った天幕の真中の場所に安置した。それから、ダビデは主の前に、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげた。

 全焼のいけにえは、献身を意味しています。自分を神にささげることです。和解のいけにえは、交わりを意味しています。主の前で食事をして、主とともに、また主にあって互いに交わることを意味しています。

6:18 ダビデは、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげ終えてから、万軍の主の御名によって民を祝福した。6:19 そして民全部、イスラエルの群集全部に、男にも女にも、それぞれ、輪型のパン一個、なつめやしの菓子一個、干しぶどうの菓子一個を分け与えた。こうして民はみな、それぞれ自分の家に帰った。

 ダビデはイスラエルの民に大盤振る舞いをしました。彼は祝福したかったのです。イスラエルの民が主の御名によって祝福されることを望んでいました。そして、今度は自分の家族にもプライベートに、主にあって祝福する時を持ちたいと思って、家に帰ります。

3B 礼拝者への侮蔑 20−23
6:20 ダビデが自分の家族を祝福するために戻ると、サウルの娘ミカルがダビデを迎えに出て来て言った。「イスラエルの王は、きょう、ほんとうに威厳がございましたね。ごろつきが恥ずかしげもなく裸になるように、きょう、あなたは自分の家来のはしための目の前で裸におなりになって。」

 霊的に高められてから、そして家を祝福しようと思って帰ってきた人に、この言い方はひどいですね。けれども今ミカルの心にあることが、言葉として現われました。自分の夫をごろつきといっしょにして、家来のはしための前で王服を脱ぐなど、裸同然です、と言っています。

6:21 ダビデはミカルに言った。「あなたの父よりも、その全家よりも、むしろ私を選んで主の民イスラエルの君主に任じられた主の前なのだ。私はその主の前で喜び踊るのだ。

 自分がしているのは、人に対してではない、主に対してだ、ということです。私たちの礼拝、奉仕が人に対してでなく、また自分に対してではなく、主に対して行なわれる、ということです。

6:22 私はこれより、もっと卑しめられよう。あなたの目に卑しく見えても、あなたの言うそのはしためたちに、敬われたいのだ。

 自分が敬われるのは、主にあってのことであって、あなたのような人間の目ではない、ということを言っています。そして、

6:23 サウルの娘ミカルには死ぬまで子どもがなかった。

 とあります。これは、ダビデがそれ以降、ミカルと寝なかったことを意味します。ダビデにも失敗がありました。主の前における礼拝を侮辱したことは、ミカルのせいであり、彼女にとっては、自分が蒔いた種を刈り取ったことになるでしょう。けれども、ダビデはミカルをもはや愛せなかったのです。霊的な人と、人間的なことしか考えていない人の間に出てくる亀裂であり、仕方がないことですが、もともと彼が多くの妻をもっているところから、失敗が始まっています。ミカルは、もしかしたら、自分は多くの妻のうちの独りにしか過ぎないということで、ダビデに歯向かったのかもしれません。夫婦が言葉で傷つけあうことが、いかに悲しいことか、ダビデとミカルの間に見ることができます。

 ですからダビデには弱さがありました。私たちと同じ人間です。けれども、彼はまず大事に主を自分の前に置きました。主が王国を立てられたことを知り、主に伺いペリシテ人と戦い、神の箱を自分のところに持ってきました。主にある隆盛です。


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