士師記17−18章 「自分の目に正しいこと」


アウトライン

1A マスコット宗教 17
   1B 甘え 1−6
   2B ご利益 7−13
2A 雇われ祭司 18
   1B 浅はかな祝福 1−6
   2B 貪欲 7−20
      1C すばらしい土地 7−10
      2C お守り 11−20
   3B 偶像の祭司 21−31
      1C 奪い取られる神 21−26
      2C 彫像の町 27−31

本文

 士師記17章を開いてください。今日は17章と18章を学びます。ここでのテーマは、「自分の目に正しいこと」です。私たちはこれまで、ヨシュアがいなくなった後のイスラエルの歴史を、士師ごとに、年代を追って読んできました。オテニエルから始まり、エフデ、シャムガル、そしてデボラとバラク、そしてギデオンと続きました。士師記に出てくる最後の士師は、この前学んだサムソンです。けれども、17章以降は、年代を追ってではなく、士師が活躍していた同時期にイスラエルの霊的状態がどのようになっていたのかを示す典型的な出来事を記録しています。

1A マスコット宗教 17
1B 甘え 1−6
 エフライムの山地の出で、その名をミカという人がいた。彼は母に言った。「あなたが、銀千百枚を盗まれたとき、のろって言われたことが、私の耳にはいりました。実は、私がその銀を持っています。私がそれを盗んだのです。」すると、母は言った。「主が私の息子を祝福されますように。」

 ミカという人がエフライムの山地に住んでいました。彼が母の銀を盗んだのですが、母は、これを盗んだ者がのろわれるというようなことを言ったようです。それを聞いたミカは、「私がそれを盗みました」と、自分のした悪いことを告白しています。そして信じられないことですが、母は、自分が誓ったようにミカをのろうのではなく、かえって「主が自分の息子を祝福されますように」と祝福しています。神の義にしたがえば、罪を犯した者は自分が行なったことに対して罰が与えられなければいけないか、あるいは罪の赦しと神のあわれみを請うために、罪のためのいけにえをささげなければいけません。罪を犯したことを悲しみ、罪を憎んで捨て去ることができてこそ、初めて平和が与えられます。

 マザコンというか、甘えというか、自分の息子だからといって、子を主にあって懲らしめることがないこの姿は、現代の社会にも蔓延しています。聖書には、「だれでも懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです。(ヘブル11:8)」とありますが、子を懲らしめない親は、自分の子を子と思っていない、不届き者であることを知る必要があります。

 彼が母にその銀千百枚を返したとき、母は言った。「私の手でその銀を聖別して主にささげ、わが子のために、それで彫像と鋳像を造りましょう。今は、それをあなたに返します。」しかし彼は母にその銀を返した。そこで母は銀二百枚を取って、それを銀細工人に与えた。

 母親の子のマザコン関係は、さらにエスカレートします。返した銀によって、十戒の第二の戒めである、「自分のために、偶像を造ってはならない」を破るようなことを行なわせています。しかし母は、「主がその息子を祝福されますように」と言って、主の御名によってこのことを行なっているのです。

 士師記が教えていることは、イスラエルが周囲の住民を完全に追い払わなかったために、その周囲の人々の偶像礼拝とならわしに影響されていった、ということでした。彼らは、「神」とか「主」という言葉を使っていましたが、中身は神の義に照らし合わせれば、正反対のことを行なっていたのです。現在の教会でも同じようなことが起こります。キリストの名によって行なっていることが、実際はキリストの戒めを破っていることがあります。

 すると、彼はそれで彫像と鋳像を造った。それがミカの家にあった。このミカという人は神の宮を持っていた。それで彼はエポデとテラフィムを作り、その息子のひとりを任命して、自分の祭司としていた。

 ミカは、イスラエル人たちが合同で礼拝するところの、一定の祭壇と、一定の幕屋にて礼拝を持つのではなく、自分自身の、私的な礼拝空間を造りました。彫像と鋳像の他に、エポデという祭司の装束と、テレフィムというこれまで偶像を造って、そして自分の息子を祭司に勝手に任命しています。これを「マスコット礼拝」と読んで良いかもしれません。

 クリスチャンは、キリストのからだとして教会として召されています。御霊によって、キリストのからだの一部になるバプテスマを受けました(1コリント12:13)。したがって、私たちは、神に与えられた信仰と恵みにしたがって、自分に与えられた賜物を用いて、互いに仕え合います。互いに祈りあい、互いに励ましあい、ある人が苦しんでいるときはともに苦しみ、喜んでいるときはともに喜びます。ですから、キリストにある人間関係の中で、鉄が鉄を研ぐように練磨されながら、霊的に、信仰的に成長します。

 けれども、私たちが他の人たちをうざったいと思い、人間関係が煩わしいと思い、自分ひとりだけで主を礼拝することができるのだ、自分の生活が良ければ教会としての責任は果たさなくても良いのだ、としたらどうなるでしょうか?キリストの名を語りながら、実はミカが行なっているようなマスコット礼拝を行なっていることがあるのです。自分ひとりになると、自分の気に食わないことはみな排除し、気に入っているところのみにとどまることができるからです。

 そのころ、イスラエルには王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行なっていた。

 この言葉が、当時のイスラエルの霊的状態の全てを物語っています。彼らは神の目には悪を行なっていましたが、自分の目には正しいと見えることを行なっていたのです。神の目、と人の目の違いです。

 私たちが生きている時代は、自分の権利とか、自由とか、自分のことが非常に強調される社会の中に生きています。絶対的価値というものを排除して、人が感じていること、考えていることがもっとも大切である、とされる社会の中に生きています。ですから、人の目に正しいことを行なっているのです。けれども見てください、絶対的な価値観の不在のためにこんなにも混沌とした社会になってしまったのです。箴言には、「人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。(14:12」とあります。

2B ご利益 7−13
 ユダのベツレヘムの出の、ユダの氏族に属するひとりの若者がいた。彼はレビ人で、そこに滞在していた。

 「ユダの氏族」とありますが、彼はユダ族ではありません。ユダのベツレヘムに住んでいたレビ族の人であります。18章の最後に彼の名前が出ています。「モーセの子ゲルショムの子ヨナタン(30節)」です。レビ人であり、ゲルショム氏族の人でした。

 その人がユダのベツレヘムの町を出て、滞在する所を見つけに、旅を続けてエフライムの山地のミカの家まで来たとき、ミカは彼に言った。「あなたはどこから来たのですか。」彼は答えた。「私はユダのベツレヘムから来たレビ人です。私は滞在する所を見つけようとして、歩いているのです。」そこでミカは言った。「私といっしょに住んで、私のために父となり、また祭司となってください。あなたに毎年、銀十枚と、衣服ひとそろいと、あなたの生活費をあげます。」それで、このレビ人は同意した。このレビ人は心を決めてその人といっしょに住むことにした。この若者は彼の息子のひとりのようになった。

 もし神のみことばを考えないで、人間的な見方をしたら、こんなに和やかな、ほのぼのする話はありません。レビ人は主に奉仕するように選ばれた人ですから、今ここでミカが自分の祭司になってくれませんかと頼んでいます。それで彼は快く受け入れて、この若者はミカによって愛され、かわいがわれました。

 けれども、もちろん実際はとんでもないことをしています。まず、偶像礼拝をしている、神に定められたところではない幕屋で奉仕をすること自体が間違っています。そして彼はレビ人であっても、神の祭司としての務めはアロンの子孫だけに限られています(民数3:10)。そして彼の動機は、主にお仕えするのではなく、自分の生活のささえが与えられることであり、それは間違っています。人の目にはほのぼのしていますが、それは甘えや自分たちの感情に流されたところの、無責任な関係です。

 
ミカがこのレビ人を任命したので、この若者は彼の祭司となり、ミカの家にいた。そこで、ミカは言った。「私は主が私をしあわせにしてくださることをいま知った。レビ人を私の祭司に得たから。」

 自分をしあわせにしてくれた、というのがミカの最大の喜びになっています。本当の信仰は、自分のしあわせではなく、神の栄光を求めることです。信仰を持つために、自分が望まないことが自分の身に起こりえます。試練があり、困難があります。自分を否んで、自分の十字架を負って、そしてわたしについて来なさい、とイエスさまの言葉どおりに生きるのが本当の信仰です。

 「レビ人を私の祭司に得たから」という理由も間違っています。現代版にすれば、「私は、有名神学校出の、すばらしい牧師先生を持つことができた。」ということでしょうか?神学校、牧師、教団などの体裁ではなく、純粋に主の御霊によって導かれる必要があります。

2A 雇われ祭司 18
1B 浅はかな祝福 1−6
 そのころ、イスラエルには王がなかった。

 イスラエルに王がなかった、という表現が何回か、士師記にて繰り返されていますが、それはサウルが王としてイスラエルに立てられた後に、この士師記が書かれたからです。王がいなかったので、それぞれの部族が自分たちの好きなことを、自分たちの判断で行なっていました。

 そのころ、ダン人の部族は、自分たちの住む相続地を求めていた。イスラエルの諸部族の中にあって、相続地はその時まで彼らに割り当てられていなかったからである。

 
実際はダン族には相続地は与えられていました。エルサレムの南西の部分、沿岸地域に至るまでの部分が割り当てられていました。けれども、士師記1章34節にて、「エモリ人はダン族を山地のほうに圧迫した。エモリ人は、なにせ、彼らの谷に降りて来ることを許さなかった。」とあります。割り当てられた土地には、一切に入ることができなかったというのが現状でした。ちなみに、エモリ人の次はペリシテ人がそこを支配していました。ダン族のサムエルは、ペリシテ人のところに行って、女を見つけたという前回の話になります。

 そこで、ダン族は、彼らの諸氏族全体のうちから五人の者、ツォルアとエシュタオルからの勇士たちを派遣して、土地を偵察し、調べることにした。それで、彼らに言った。「行って、あの地を調べなさい。」彼らはエフライムの山地のミカの家に行って、そこで一夜を明かした。彼らはミカの家のそばに来、あのレビ人の若者の声に気づいた。そこで、そこに立ち寄り、彼に言った。「だれがあなたをここに連れて来たのですか。ここで何をしているのですか。ここに何の用事があるのですか。」その若者は彼らに言った。「ミカが、かくかくのことを私にしてくれて、私を雇い、私は彼の祭司になったのです。」

 ダンからの偵察隊は、エフライムのミカの家に滞在しました。その時、祭司の祈りの声を聞いたのでしょう。その祈りの声が、ユダのベツレヘム方面の訛りがあったのかもしれません。それで、「だれがあなたを、ユダのほうから連れてきたのか。ここで何をしているのか?」と聞いているのかもしれません。

 彼らはその若者に言った。「どうぞ、神に伺ってください。私たちのしているこの旅が、成功するかどうかを知りたいのです。」その祭司は彼らに言った。「安心して行きなさい。あなたがたのしている旅は、主が認めておられます。」

 非常に浅はかな祝福です。人は自分が行なおうとしていることを認められたいという願いがあります。それを時に、霊的奉仕者に聞いて確認したいという思いを持っています。神を喜ばせるのではなく、人を喜ばせる誘惑が、霊的奉仕者にはいつもあるのですが、ここで彼は「主が認められておられます。」と言って、相手を喜ばせようとしているのです。

2B 貪欲 7−20
1C すばらしい土地 7−10
 五人の者は進んで行って、ライシュに着き、そこの住民を見ると、彼らは安らかに住んでおり、シドン人のならわしに従って、平穏で安心しきっていた。この地には足りないものは何もなく、押えつける者もなかった。彼らはシドン人から遠く離れており、そのうえ、だれとも交渉がなかった。

 ライシュという町ですが、これはガリラヤ湖のずっと北、ヘルモン山のふもとにある町です。ピリポ・カイザリヤと同じく、ヨルダン川の源泉になっているところです。当時、そこにはシドン人系の人たちが住んでいたようです。けれども、シドンからは遠く離れていたので、他のシドン人とのつながりがありませんでした。また他の国との軍事的盟約も存在しなかったようです。

 五人の者がツォルアとエシュタオルの身内の者たちのところに帰って来たとき、身内の者たちは彼らに、どうだったかと尋ねた。そこで、彼らは言った。「さあ、彼らのところへ攻め上ろう。私たちはその土地を見たが、実に、すばらしい。あなたがたはためらっている。ぐずぐずせずに進んで行って、あの地を占領しよう。あなたがたが行くときは、安心しきっている民のところに行けるのだ。しかもその地は広々としている。神はそれをあなたがたの手に渡しておられる。その場所には、地にあるもので足りないものは何もない。」

 五人が報告しているとおり、ライシュのあたりは、大きな泉がある、非常に潤っているところでした。とても自然と景色がきれいな地域として有名です。彼らは、「神はそれをあなたがたの手に渡しておられる」と言っていますが、もちろん、取って付けたような言葉であって、神が割り当てた地ではありません。祭司が「主が認めておられます」と言った言葉はありますが。

2C お守り 11−20
 そこで、ダン人の氏族の者六百人は武具を身に着けて、そこ、ツォルアとエシュタオルから旅立ち、上って行って、ユダのキルヤテ・エアリムに宿営した。それで、その所はマハネ・ダンと呼ばれた。今日もそうである。それはキルヤテ・エアリムの西にある。

 五人の報告を受けて、ダンの氏族の六百人の男が住み着くべきところを求めて移動していきました。彼らの家族もともに移動したはずですから、もっと多くの人数になっているでしょう。

 
彼らはさらにそこからエフライムの山地へと進み、ミカの家に着いた。そのとき、あのライシュの地を偵察に行った五人の者は、その身内の者たちに告げて言った。「これらの建物の中にエポデやテラフィム、彫像や鋳像があるのを知っているか。今あなたがたは何をなすべきかを知りなさい。」そこで、彼らは、そちらのほうに行き、あのレビ人の若者の家ミカの家に来て、彼の安否を尋ねた。武具を身に着けた六百人のダンの人々は、門の入口のところに立っていた。

 今、ミカの家の前で千人以上いるであろうダンの人々が立っており、前にここを訪れたことがある五人がミカの家の中に入りました。そして彼らは、自分たちを守る神が欲しかったので、エポデ、テラフィム、彫像や鋳像を欲しがりました。

 あの地を偵察に行った五人の者は上って行き、そこにはいり、彫像とエポデとテラフィムと鋳像を取った。祭司は武具を身に着けた六百人の者と、門の入口のところに立っていた。五人の者がミカの家にはいり、彫像とエポデとテラフィムと鋳像を取った。そのとき祭司は彼らに言った。「あなたがたは何をしているのか。」彼らは祭司に言った。「黙っていてください。あなたの手を口に当てて、私たちといっしょに来て、私たちのために父となり、また祭司となってください。あなたはひとりの家の祭司になるのと、イスラエルで部族または氏族の祭司になるのと、どちらがよいですか。」祭司の心ははずんだ。彼はエポデとテラフィムと彫像を取り、この人々の中にはいって行った。

 この祭司の心は、雇われ牧師のそれと同じです。つまり、自分に給料をたくさんくれる大きな教団、大きな教会、自分が必要だと感じる心理的な欲求を満たしてくれるところを望みました。牧師は、神に召された者であり、給料が教会から出ようが出まいが、しなければいけないこととして福音を宣べ伝える者です。医者や大学教授などと、全然違います。けれども、この祭司はダン族専属の祭司になることを選びました。

3B 偶像の祭司 21−31
1C 奪い取られる神 21−26
 そこで、彼らは子どもや家畜や貴重品を先にして引き返して行った。

 後でミカが追いかけて来て、襲われることがないように子供、家畜、貴重品は先にしました。

 彼らがミカの家からかなり離れると、ミカは家の近くの家にいた人々を集め、ダン族に追いついた。彼らがダン族に呼びかけたとき、彼らは振り向いて、ミカに言った。「あなたは、どうしたのだ。人を集めたりして。」すると、ミカは言った。「あなたがたは私の造った神々と、それに祭司とを取って行った。私のところには何が残っていますか。私に向かって『どうしたのだ。』と言うのは、いったい何事です。」

 「あなたがたは私の造った神々と、それに祭司とを取って行った。」というのは、非常に面白い発言です。取られていってしまう神を持っているほど、むなしいことはありません。自分が守らなければ壊れてしまう神です。天地万物を造られた神は、私たちが守るのではなく、守ってくださる存在です。たとえこの世に、この神を拝む人がひとりもいなくても、神は神として存在し、生きておられます。

 そこで、ダン族はミカに言った。「あなたの声が私たちの中で聞こえないようにせよ。でなければ、気の荒い連中があなたがたに撃ちかかろう。あなたは、自分のいのちも、家族のいのちも失おう。」こうして、ダン族は去って行った。ミカは、彼らが自分よりも強いのを見てとり、向きを変えて、自分の家に帰った。

 ミカは現実主義に立ちました。武力で勝つことができなければ、立ち向かうことはできないと判断しました。

2C 彫像の町 27−31
 彼らは、ミカが造った物と、ミカの祭司とを取って、ライシュに行き、平穏で安心しきっている民を襲い、剣の刃で彼らを打ち、火でその町を焼いた。その町はシドンから遠く離れており、そのうえ、だれとも交渉がなかったので、救い出す者がいなかった。その町はベテ・レホブの近くの谷にあった。彼らは町を建てて、そこに住んだ。

 神によって起こされたのではないこの戦争は、虐殺に他なりません。

 そして、彼らはイスラエルに生まれた自分たちの先祖ダンの名にちなんで、その町にダンという名をつけた。その町のもとの名はライシュであった。

 聖書の中に、「ダンから、ベエル・シェバまで」(1サムエル3:20など)という言い回しが出てきますが、これは全イスラエルのことを意味しています。北はダンの町から、南はベエル・シェバです。

 さて、ダン族は自分たちのために彫像を立てた。モーセの子ゲルショムの子ヨナタンとその子孫が、国の捕囚の日まで、ダン部族の祭司であった。こうして、神の宮がシロにあった間中、彼らはミカの造った彫像を自分たちのために立てた。

 ダン族がミカの偶像を持ち込んだことにより、神の宮がシロにあった時もずっと偶像礼拝が行なわれ続けました。今、ダンにはたくさんの偶像が考古学の発掘によって、発見されています。そしてソロモン王朝の後に、ヤロブアムがベテルとダンに、金の子牛を造ったことが書かれています。イスラエルの偶像礼拝の中心であったダンですが、アッシリヤが攻めてきたとき、滅んでしまいました(1列王15:20)。

 ほんとうにめちゃくちゃなことが起こっていましたが、これらはみな、主の目ではなく、自分の目に正しいことを行なっていたからです。神のことばである聖書が、最終的な権威です。人は、神のことばをそのまま受け入れることについて、「狂信的である」「独善的である」「思考停止だ」との評価をします。けれども聖書は、こう言っています。「みことばのすべてはまことです。あなたの義のさばきはことごとく、とこしえに至ります。(詩篇119:160」「あなたのみおしえを愛する者には豊かな平和があり、つまずきがありません。(詩篇119:165」神の義を求める人には、平安があります。つまずきがありません。イスラエルが経験した混乱は起こりません。お祈りしましょう。


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