ルツ記3−4章 「ルツの報い」


アウトライン

1A 買い戻しの権利 3
  1B 落ち着き所 1−5
  2B 真実さ 6−13
     1C 主張 6−9
     2C 恵み 10−13
  3B 守り 14−18
2A ボアズとの婚姻 4
  1B 代価 1−12
     1C 相続の喪失 1−6
     2C 回復 7−12
  2B 祝福 13−17
  3B 支配 18−22

本文

 ルツ記3章を開いてください。今日は、前回に引き続きルツ記の学びをします。3章と4章です。ここでのテーマは、「ルツの報い」です。

 ルツは、大きな決断をしてイスラエルの地にやって来ました。ナオミに対し、「あなたの神は私の神。あなたの民は私の民。」と言いました。夫もなく、父母を離れ、生まれ故郷であるモアブの地を離れ、ここにやって来ました。そして彼女は、神の律法に従って、落ち穂拾いをして生計を立てました。そのときに主は、ルツをボアズの畑に導かれました。ボアズは、ナオミの夫の親戚です。ボアズは、ルツが大きな決断をし、大きな犠牲を払っていることに同情して、彼女に慰めのことばをかけ、そして彼女に落ち穂をたくさん与えるように取り計らってくれました。こうしてナオミとルツは、なんとか食いつないでいくことができたのです。

1A ルツの報い 3−4
 そこで3章に入ります。ある時、ナオミがルツに話しかけます。

1B 買い戻しの権利 3
1C 落ち着き所 1−5
 しゅうとめナオミは彼女に言った。「娘よ。あなたがしあわせになるために、身の落ち着く所を私が捜してあげなければならないのではないでしょうか。ところで、あなたが若い女たちといっしょにいた所のあのボアズは、私たちの親戚ではありませんか。ちょうど今夜、あの方は打ち場で大麦をふるい分けようとしています。あなたはからだを洗って、油を塗り、晴れ着をまとい、打ち場に下って行きなさい。しかし、あの方の食事が終わるまで、気づかれないようにしなさい。あの方が寝るとき、その寝る所を見届けてからはいって行き、その足のところをまくって、そこに寝なさい。あの方はあなたのすべきことを教えてくれましょう。」ルツはしゅうとめに言った。「私におっしゃることはみないたします。」

 ナオミが、ルツとボアズが結婚できるように取り計らっています。まず、ナオミはルツに、「あなたがしあわせになるために」と言っています。ナオミは、ルツが自分について来たとき、彼女が再婚する見込みはないと思っていました。本当は、夫を新たに見つけることで、彼女が落ち着き、安心できるようにしてほしいと願っていましたが、それは無理だと思っていました。けれども、今、ボアズがいます。

 そしてナオミはボアズが、「私たちの親戚ではありませんか。」と言っています。前回学んだ2章においては、「その方は私たちの近親者で、しかも買い戻しの権利のある私たちの親類のひとりです。」と言っていました。近親者で、買い戻しの権利があるので、ボアズがルツと結婚することができるのです。

 神の律法は、この近親者の買い戻しの権利について語っています。レビ記25章の25節にはこう書いてあります。「もし、あなたの兄弟が貧しくなり、その所有地を売ったなら、買い戻しの権利のある親類が来て、兄弟の売ったものを買い戻さなければならない。」買い戻しとは、だれかが所有していたものが、市場に売られてしまい。それを再び、代価を払って買い戻すことを言います。神の律法では、自分が貧しくなって土地までも売らなければならなくなったとき、代価を払って、その土地を取り戻すことができます。そして、このレビ記2525節においては、親戚の人が代わりに買い戻して、その貧しい兄弟が土地を失うことのないようにしてあげるように教えています。

 この「買い戻し」という言葉は、「贖い」とも呼ばれています。人が売られて奴隷となってしまったときに、ある人が来て、その奴隷市場から買い取ることを、「贖う」と言いました。そこで旧約でも新約でも、人間が罪から救い出されるときは、「贖われる」と言われています。私たちは、罪の奴隷となっていましたが、神は、イエス・キリストのいのちを代価として支払ったので、私たちは罪から贖われ、今は神が所有される民となっているのです。市場では、金や銀などの貨幣を支払えばよいのですが、神はもっとも高価な、イエス・キリストの血潮を、その代価として支払われたのです。使徒ペテロは言いました。「ご承知のように、あなたがたが先祖から伝わったむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。(Tペテロ1:18-19」傷もなく汚れもない子羊のようなキリストの、尊い血によって、私たちは贖い出されました。

 そこでナオミは、ボアズに、自分の夫エリメレクが所有していた土地を買い戻してもらおうとしているのです。ボアズは近親者ですから、その土地を買い戻さなければいけません。けれども、ナオミは土地を手放したくないから、買い戻してもらいたいと思っているのではありません。ルツがボアズと結婚できることができるようにするために、買い戻してもらいたいと思っているのです。そこで前回読みました申命記25章5節を思い出してください。「兄弟がいっしょに住んでいて、そのうちのひとりが死に、彼に子がない場合、死んだ者の妻は、家族以外のよそ者にとついではならない。その夫の兄弟がその女のところに、はいり、これをめとって妻とし、夫の兄弟としての義務を果たさなければならない。そして彼女が産む初めの男の子に、死んだ兄弟の名を継がせ、その名がイスラエルから消し去られないようにしなければならない。」兄弟が死んだとき、自分はその兄弟の妻をめとって、その兄弟の名を継がせなければいけません。ですからボアズは、エリメレクの土地を買い戻すときに、エリメレクの名を絶やさないように、エリメレクの息子の妻であったルツをも買いとって、自分の妻としなければいけないのです。このように、ナオミは、ルツに優しくしてくれるボアズがルツと結婚できるように、自分の土地をボアズに買いとってもらおうとしているのです。

2B 真実さ 6−13
 ルツは、ナオミの言うとおりに動きます。それでは6節をご覧ください。

1C 主張 6−9
 こうして、彼女は打ち場に下って行って、しゅうとめが命じたすべてのことをした。ボアズは飲み食いして、気持ちがよくなると、積み重ねてある麦の端に行って寝た。

 収穫の時期には、このように積み重ねてある麦のところで寝ることがありました。それは盗人がやって来て、その収穫物を盗まないように見張るためでした。また、収穫の時期は喜びの時です。ボアズは他の者たちと飲み食いをしています。そして、この麦の端に寝ていました。

 それで、彼女はこっそり行って、ボアズの足のところをまくって、そこに寝た。

 ルツは、自分のからだを洗って、油を塗っています。そして晴れ着をまとって、ボアズの足のところに寝ました。これはナオミがルツにそうしなさいと命じたことであり、また、これは、結婚のプロポースをするときのしきたりでもありました。ですから、これは、ボアズを性的に誘惑しているのではありません。

 夜中になって、その人はびっくりして起き直った。なんと、ひとりの女が、自分の足のところに寝ているではないか。彼は言った。「あなたはだれか。」彼女は答えた。「私はあなたのはしためルツです。あなたのおおいを広げて、このはしためをおおってください。あなたは買い戻しの権利のある親類ですから。」

 ルツは、ボアズの買い戻しの権利に訴えました。ルツは、自分がボアズと結婚するようなことなんか、とてもできない、その値打ちはないことは分かっていました。以前彼女は、私は外国人の身であるのに、なぜそのように優しくしてくださるのですか、と言って、ボアズの前で地にひれ伏したのです。けれども、ルツは、神のことばをしっかりと握っていました。神が、買い戻しの権利があると言われたのですから、自分は結婚しなければいけないと思ったのです。ですから、自分の素性や行ないによってではなく、近親者が贖わなければいけないと言われる神ご自身のみこころに訴えたのです。

 私たちも、このように訴える信仰が必要です。自分は、イエスさまに近づくのに値しない人物だ、と思って、イエスさまに対して遠慮してしまうことがよくあります。罪を犯してしまったとき、調子が悪いとき、私たちは、自分はイエスさまのところに行くのにふさわしくないと決め込んでしまいます。しかし、私たちは自分の行ないではなく、神さまのご性質のゆえに祝福を受けることができます。自分がどんなに至らない人間でも、神が偉大であるがゆえに、私たちは神に近づくことができます。ヘブル書にはこう書いてあります。「ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。(4:16」大胆に恵みの御座に近づきます。

2C 恵み 10−13
 そして、ボアズはルツのプロポーズに応えます。すると、ボアズは言った。「娘さん。主があなたを祝福されるように。あなたのあとからの真実は、先の真実にまさっています。あなたは貧しい者でも、富む者でも、若い男たちのあとを追わなかったからです。」

 ボアズは、今、寝起きであるのにも関わらず、寝ぼけることなく、また機嫌を損なうことなく、「主があなたを祝福されるように」と答えています。ボアズはとても霊的な人でした。そして、「あなたのあとからの真実は、先の真実にまさっています」と言っています。これは、ルツがナオミに対して真実を尽くしていましたが、今度は、結婚について真実を尽くしている、ということです。ボアズはルツを「娘さん」と呼んでいますから、父と娘ぐらいの年が離れていたのだと考えられます。けれども、ルツは若い人たちの後を追わずに、神の律法を重んじて、買い取りの権利があるボアズにプロポーズしているのですね、と言っています。

 さあ、娘さん。恐れてはいけません。あなたの望むことはみな、してあげましょう。この町の人々はみな、あなたがしっかりした女であることを知っているからです。

 ルツが、しっかりと働く、真実を尽くして働いている女であることが、ベツレヘムの町に伝わっていました。

 ところで、確かに私は買い戻しの権利のある親類です。しかし、私よりももっと近い買い戻しの権利のある親類がおります。今晩はここで過ごしなさい。朝になって、もしその人があなたに親類の役目を果たすなら、けっこうです。その人に親類の役目を果たさせなさい。しかし、もしその人があなたに親類の役目を果たすことを喜ばないなら、私があなたを買い戻します。主は生きておられる。とにかく、朝までおやすみなさい。」

 ボアズよりもエリメレクの家族にもっと近い親戚がいました。それゆえ、その人が買い戻したいと言うなら、ルツはその人のものとなります。断るなら、自分がルツの妻となると言っています。けれども、ここで彼は断ることもできました。しかし、ボアズはルツを愛しているがゆえに、自分の権利を彼女に行使したのです。この寛大さと恵み深さは、私たちの主イエス・キリストを反映しています。イエスさまは私たちを愛しておられます。それゆえに私たちを見捨てることは決してなさいません。ご自分の御名を呼び求める者を、必ず救ってくださいます。

3B 守り 14−18
 こうして、彼女は朝まで彼の足のところに寝たが、だれかれの見分けがつかないうちに起き上がった。彼は、「打ち場にこの女の来たことが知られてはならない。」と思ったので、「あなたの着ている外套を持って来て、それをしっかりつかんでいなさい。」と言い、彼女がそれをしっかりつかむうちに、大麦六杯を量って、それを彼女に負わせた。こうして彼は町へ行った。

 ルツがボアズのところに来たことが知られたら、変な噂が立ってしまいます。そこでボアズはルツを守ってあげようと思いました。また大麦六杯を彼女に負わせています。

 
彼女がしゅうとめのところに行くと、しゅうとめは尋ねた。「娘よ。どうでしたか。」ルツは、その人が自分にしたことをみな、しゅうとめに告げて、言った。「あなたのしゅうとめのところに素手で帰ってはならないと言って、あの方は、この大麦六杯を私に下さいました。」しゅうとめは言った。「娘よ。このことがどうおさまるかわかるまで待っていなさい。あの方は、きょう、そのことを決めてしまわなければ、落ち着かないでしょうから。」

 この大麦は、単にナオミとルツへのプレゼントではなく、この二人を私がこれから養います、というしるしでもありました。ナオミも、ボアズの家の中に入るので、ひもじい思いをすることがなくなるのです。

2A ボアズとの婚姻 4
 そしてとうとう、ボアズがルツとの婚姻を果たす章に入っていきます。

1B 代価 1−12
1C 相続の喪失 1−6
 一方、ボアズは門のところへ上って行って、そこにすわった。すると、ちょうど、ボアズが言ったあの買い戻しの権利のある親類の人が通りかかった。ボアズは、彼にことばをかけた。「ああ、もしもし、こちらに立ち寄って、おすわりになってください。」彼は立ち寄ってすわった。それから、ボアズは、町の長老十人を招いて、「ここにおすわりください。」と言ったので、彼らもすわった。

 当時、町の門のところに、役所がありました。法律的な手続きをするとき、門のところで手続きします。そこでボアズは、門のところに買い戻しの権利がある親戚を呼び、それから町の指導者である長老たちを呼んでいます。

 そこで、ボアズは、その買い戻しの権利のある親類の人に言った。「モアブの野から帰って来たナオミは、私たちの身内のエリメレクの畑を売ることにしています。私はそれをあなたの耳に入れ、ここにすわっている人々と私の民の長老たちとの前で、それを買いなさいと、言おうと思ったのです。もし、あなたがそれを買い戻すつもりなら、それを買い戻してください。しかし、もしそれを買い戻さないのなら、私にそう言って知らせてください。あなたをさしおいて、それを買い戻す人はいないのです。私はあなたの次なのですから。」すると彼は言った。「私が買い戻しましょう。」

 先ほど読みましたレビ記25章に記されていた律法をもとにして、この親類者はエリメレクの畑を買うことにしました。けれども、ここでボアズはルツのことを話します。

 そこで、ボアズは言った。「あなたがナオミの手からその畑を買うときには、死んだ者の名をその相続地に起こすために、死んだ者の妻であったモアブの女ルツをも買わなければなりません。」

 これは先ほど読んだ申命記25章の部分です。死んだ者の名を残すために、その妻をめとらなければいけない、というおきてです。

 その買い戻しの権利のある親類の人は言った。「私には自分のために、その土地を買い戻すことはできません。私自身の相続地をそこなうことになるといけませんから。あなたが私に代わって買い戻してください。私は買い戻すことができませんから。」

 この人は、ルツも買い取らなければいけないことを知って、買い戻しませんでした。なぜなら、ルツが妻となって息子を産んだのであれば、その息子が土地を相続することになるからです。そうすると、買い取った土地ばかりではなく、自分の所有の土地までが、先祖エリメレクのものとなってしまいます。自分自身の相続地までをそこなうことはできませんから、と言っています。

2C 回復 7−12
 そこでボアズは、法律上の正式な手続きを取って、ルツを自分の妻とします。昔、イスラエルでは、買い戻しや権利の譲渡をする場合、すべての取り引きを有効にするために、一方が自分のはきものを脱いで、それを相手に渡す習慣があった。これがイスラエルにおける証明の方法であった。

 今、私たちが契約を取り交わすときはハンコを押しますが、当時は、自分のはきものを相手に渡すという方法で、その契約が有効であることを証明しました。

 それで、この買い戻しの権利のある親類の人はボアズに、「あなたがお買いなさい。」と言って、自分のはきものを脱いだ。そこでボアズは、長老たちとすべての民に言った。「あなたがたは、きょう、私がナオミの手から、エリメレクのすべてのもの、それからキルヨンとマフロンのすべてのものを買い取ったことの証人です。

 近親者が土地を買い戻すことの宣言です。

 さらに、死んだ者の名をその相続地に起こすために、私はマフロンの妻であったモアブの女ルツを買って、私の妻としました。死んだ者の名を、その身内の者たちの間から、また、その町の門から絶えさせないためです。きょう、あなたがたはその証人です。

 死んだ者の名を残すため、土地の他にルツも買い取ることの宣言であります。

 こうして手続きが成立しました。この手続きにおいて、ボアズはもちろんのこと、他の人たちも、ボアズが土地に興味があったと思った人はいないでしょう。ボアズは裕福な人であり、それ以上の土地は必要なかったのです。彼に興味があったのは、自分の愛するルツです。すべてをなげうって、イスラエルの神に従うように決心したルツを、自分の両腕の中に入れたい、という愛によって、この土地を買い取りました。

 ここで、私たちはルツ記全体のテーマを見ていくことができます。それは、私たちの主イエスさまは、私たちを、この買い戻しの原理をもって愛してくださったということです。神は天地を造られたとき、次のようなことを言われました。「われわれに似るように、われわれにかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。(創世1:26」人間に、この地上を支配させるようにされました。しかし、人の妻に悪魔がやって来て、彼女を惑わし、それで人は罪を犯してしまいました。それゆえ、土地の支配権がアダムから悪魔に移ってしまったのです。それゆえ、この地は悪魔のものとなってしまいました。イエスさまは、悪魔のことを「この世の神」と呼ばれています。たしかに地上は主のものでありますが、本来、人間にゆだねられていた支配権が、悪魔のものとなってしまったのです。ですから、この地上で起こる天災がありますが、それを神のせいにして非難することはできません。なぜなら、神はもともとそのようにはもともとこの世を造られなかったからです。悪魔が、そのような被害をもたらしていると言えるのです。

 そして、イエスさまは、この世を悪魔の手から買い取って、神のもとにお返しするためにこの世に来られました。イエスさまが荒野で悪魔から誘惑をお受けになったとき、悪魔は、イエスさまを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華を見せて、「もしひれ伏して私を拝むなら、これを全部あなたに差し上げましょう。」と言いました。イエスさまは、「引き下がれ、サタン」と言われましたが、悪魔がもろもろの国々を自分の手に持っていることは否定されませんでした。たしかに、この世は悪魔のものとなっていたのです。しかし、イエスさまは、この世を買い取る代価としてご自分のいのちを捨てるように決めておられたのです。そして、主は、十字架の上で血を流されました。この血が、この世を神のもとに買い取る代価となり、それ以来、この世は再び神のものとなったのです。

 しかし、それは、この世の中に生きる私たちを買い取りたかったからでした。イエスさまは、天の御国のたとえをお話しになりました。「天の御国は、畑に隠された宝のようなものです。人はその宝を見つけると、それを隠しておいて、大喜びで帰り、持ち物を全部売り払ってその畑を買います。(マタイ13:44」人が畑の中で宝を見つけました。その人はその宝を自分のものとしたいと思いました。そこで、宝を買い取るために、その畑全体を買い取ったのです。自分の持ち物全部を売り払って、その畑を買いました。同じように、主イエス・キリストは、この世にいる私たちを見て、この私たちを買い取りたいと願われて、それでこの世全体を買い取ってくださったのです。ご自分のいのちを売り払って、その中にいる私たちをご自分のみもとに引き寄せたいと願われたのです。ボアズが、ルツを買い取るために、エリメレクの土地全体を買い取ったように、主イエス・キリストは、私たちを買い取るために、この世全体を買い取ってくださいました。

 今、この世は主イエスさまのものとなっています。しかし、イエスさまはまだ、その所有権を行使されておりません。悪魔は、自分のものではないところで、不法に働いているのです。しかし、その所有権を行使するときがやって来ます。そのとき、この地上には反キリストが現われ、この世を荒らし回り、ついに地球も破滅するのではないかという危機にさらされます。しかし、その時に主イエス・キリストが天から来られて、ご自分に反抗する軍隊を滅ぼし、エルサレムのオリーブ山に立たれて、ご自分が王の王、主の主であることを、この世に知らしめます。それから世界は完全に回復されて、イエスさまが王となり、エルサレムから全世界を治められるのです。

 このように、イエスさまは、ただ私たちのために、いや、みなさんお一人お一人のために、この世を買い取ってくださいました。ある人が言いました。「神が天地を創造されて、もしあなた一人だけしかいなかったとします。それでも、神は、あなた一人のためにイエス・キリストを地上に送ってくださったでしょう。」聖書において、「ひとりのいのちは、宇宙よりも重い」とうことわざは本当なのです。みなさん一人一人を愛して、ご自分のいのちを捨て、この地球全体、宇宙全体をご自分のものとされました。

 それでは続けて読みましょう。11節をご覧ください。すると、門にいた人々と長老たちはみな、言った。「私たちは証人です。どうか、主が、あなたの家にはいる女を、イスラエルの家を建てたラケルとレアのふたりのようにされますように。あなたはエフラテで力ある働きをし、ベツレヘムで名をあげなさい。

 長老たちは、ボアズを祝福する祈りをしています。ルツがラケルとレアのようにしてください、と祈っています。ラケルとレアは、ヤコブの二人の妻です。この妻と女奴隷から12人の息子が生まれて、イスラエル12部族が出ました。とくにラケルは、このベツレヘムの町で最年少の子ベミヤミンを産み、そして死んでしまいました。だから、このレアとラケルのように、子孫が祝福を受けますように、と祈っているのです。

 また、主がこの若い女を通してあなたに授ける子孫によって、あなたの家が、タマルがユダに産んだペレツの家のようになりますように。

 次の祈りも、とても興味深いです。ボアズの先祖はペレツでしたが、そのペレツは、タマルという女とヤコブの息子のひとりユダの間に生まれました。ユダは霊的に調子が良くないときがありました。土地の住民のカナン人を妻としてめとり、その妻から三人の息子が生まれました。その息子にタマルという妻を迎えました。けれども、兄息子は死に、そこで次男のオナンをタマルと結婚させました。先ほどの、兄弟の名を残さなければいけないという神のおきてのゆえです。まだ律法は与えられていませんでしたが、そのような習慣がすでにありました。オナンは兄の名のためにタマルとの間に子を持つことをいやがり、それで精子を地上に流して、神に打たれて死んでしまいました。そしてシェラという三男がいましたが、シェラも殺されるのではないかと思い、タマルにシェラを与えなかったのです。

 これは悪いことでした。神に対する義務を果たしていません。そこでやもめになったタマルは、あることを考えました。売春婦の姿に変そうしました。そして、通りかかったユダが彼女のところに入ったのです。ユダは、あとでタマルが妊娠したのを知って、「あの女を引き出して、火で焼け。」と言いました。しかし、タマルがあのときの売春婦であると知ったとき、自分の過ちを認めました。自分がシェラをタマルに与えなかったために、このようなことになったのだと知りました。そこで生まれて来たのがペレツです。ですから、興味深いことに、ユダは自分の息子に義務を果たさせなかったのですが、その子孫であるボアズは、今ルツに対してその義務を果たしているのです。

2C 祝福 13−17
 こうしてボアズはルツをめとり、彼女は彼の妻となった。彼が彼女のところにはいったとき、主は彼女をみごもらせたので、彼女はひとりの男の子を産んだ。

 とうとうボアズはルツのところに入りました。夫婦の交わりです。私たちクリスチャンは、キリストの花嫁と呼ばれています。花婿が花嫁を愛するように、キリストは私たちを愛してくだいました。けれども、私たちはまだ、イエスさまを顔と顔を合わせて見ていません。目に見えないけれども、私たちは魂が救われたことを喜んでいます。けれども、イエスさまが私たちのためにまた戻ってきてくださいます。そのときには、イエスさまをはっきりと見ることができ、そしてイエスさまとの関係は、花嫁・花婿ではなく、夫と妻の関係になるのです。黙示録では「小羊の妻」と表現されているのです。

 女たちはナオミに言った。「イスラエルで、その名が伝えられるよう、きょう、買い戻す者をあなたに与えて、あなたの跡を絶やさなかった主が、ほめたたえられますように。その子は、あなたを元気づけ、あなたの老後をみとるでしょう。あなたを愛し、七人の息子にもまさるあなたの嫁が、その子を産んだのですから。」

 ルツの子どもは、ナオミにとっての子どもでもあります。なぜなら、この子が亡き夫エリメレクの名を受け継ぐからです。ナオミは、ベツレヘムに来たときは、すべてを失って、悲しみの中にいました。自分をマラと呼んでほしいと言いました。けれども、その悲しみは今、喜びに変えられています。

 ナオミはその子をとり、胸に抱いて、養い育てた。近所の女たちは、「ナオミに男の子が生まれた。」と言って、その子に名をつけた。当時は近所の人たちが名前を付けます。彼女たちは、その名をオベデと呼んだ。オベデはダビデの父エッサイの父である。

 オベデは、「礼拝者」という意味です。神を礼拝する人、ということです。すばらしい名前です。

3B 支配 18−22
 そして、このオベデがダビデのおじいさんであることに注目してください。次に系図が記されています。ペレツの家系は次のとおりである。ペレツの子はヘツロン、ヘツロンの子はラム、ラムの子はアミナダブ、アミナダブの子はナフション、ナフションの子はサルモン、サルモンの子はボアズ、ボアズの子はオベデ、オベデの子はエッサイ、エッサイの子はダビデである。そして、ダビデが登場するサムエル記へと続きます。

 ルツ記のすばらしさは、ルツがボアズと結婚したところにとどまりません。ルツの曾孫であるダビデは、このベツレヘムの町で生まれました。そしてこのダビデがイスラエルの王となります。ダビデは、主から、とてつもない約束が与えられます。ダビデの子から永遠にこの世を治める王が出て来る、という約束です。ダビデは、それは、来るべきメシヤ、キリストであると理解しました。そしてダビデのときから、約1000年後、この同じベツレヘムで、ひとりの幼子が誕生したのです。ガブリエルは、ベツレヘムの羊飼いに知らせました。「きょうダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主メシヤです。(ルカ2:11」そうです、モアブ人ルツは、メシヤをもたらす先祖とまでなったのです。マタイの福音書1章には、イエス・キリストの系図があります。そこにルツの名も記されているのです。

 私たち、イエスさまのための自分をささげた者も、天において名が記されています。私たちはこれほど愛されています。私たちは、ただイエスさまをご自分の主として受け入れ、あがめ、仕えていけばよいのです。自分の家族がいるかもしれません。仕事の同僚がいるかもしれません。日本のしきたりや習慣があるかもしれません。けれども、ルツのように、それらのものを犠牲にして、ただイエスさまのみを主とするとき、主は、その犠牲を埋め合わせ、あふれさせるほどの恵みをお与えになります。ボアズのように、イエスさまは私たちのことを愛してくださっています。イエスさまは、そのためにこの世に来られて、ご自分のいのちによって代価を支払われ、この世を神のみもとへ買い取ってくださったのです。


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