何を予期すべきか? 4

3)- b) キリスト教が世相に乗ずる時

当時の日本キリスト教は、完全に時流の中にいました。日本基督教団の由来やその初代の長、富田満の話を読めば、教会が当時、神社参拝を拒まないどころか、積極的に行なっていたことを知ることができます。

その中で、ワイドナー女史が、聖書信仰、キリストの再臨信仰のゆえに、神社参拝は偶像礼拝としてそれを拒否する立場を取ったことで、教会は迷惑に感じ、指導者らは新聞の投稿などで美濃ミッションを批判をしていきました。

その批判の内容の一つを引用しましょう。

一部の宣教師や欧米心酔の一部の信者を持ってきて、キリスト教全体のごとく言われるのは、我々日本主義キリスト信者にとって迷惑千万。キリスト教と国体思想は何ら違反するものではない。・・・聖書を一字一句信ずべしという者は、ユダヤ教か美濃ミッション一派のみであろう。
(www.cty-net.ne.jp/~mmi/pdf_minojiken.pdfから抜粋)

さらに、米国からの宣教師もこの件についてはワイドナー女史に懐疑的だったのです。小冊子はもともと英文で書かれたものですから、編者フィエル女史による痛烈な、アメリカ人宣教師批判が行なわれています。宣教師たちやアメリカにある宣教団支部は、「内心ではワイドナー女史に賛成だが、これは日本人の問題であり、沈黙すべきである。」というものでした。

けれども、フィエル女史は、これら妥協する宣教師たちは結局、国外追放され、日本は以前にもまして異教崇拝に陥り、真珠湾攻撃しかり、米兵捕虜の酷い取り扱いしかり、幾千人もの米兵の命を失うなど、妥協によって高い代価を支払わされていると非難しています。

また、外地の朝鮮では、宣教師たちは朝鮮人信仰者らと神社参拝拒否を行なっていることを後に聞くことになり、宣教師らは大恥をかくことになります。

この美濃ミッションは、激しい圧迫を受けながら耐え忍んだ結果、迫害は下火になり、妨害を受けることなく宣教が可能になりました。宣教師たちも続けていることができました。ワイドナー女史の死後、美濃ミッションの牧師たちは投獄されましたが、そのまま敗戦を迎えました。

まさに、主が言われた、「いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。(マルコ8:35)」との御言葉通りになったのです。

(「何を予期すべきか? 5」に続く)

「何を予期すべきか? 4」への1件のフィードバック

コメントは停止中です。