パウロ ~愛と赦しの物語~

先週木曜日に、渋谷の映画館で「パウロ ~愛と赦しの物語~」を見ました。

パウロと言えば、異邦人に福音をもたらすのに用いられた使徒であり、使徒行伝にあるような大きな働きが、その生涯の特徴と言えますが、この映画はそうではなく、最後まで信仰を守り続け、迫害下のキリスト者を励ます姿に焦点を合わせています。

時は、ローマによる初めのキリスト者に対する迫害で、皇帝ネロが起こした時の事です。

ネロ 1世紀中ごろのローマ帝国の皇帝。ローマの大火でキリスト教徒の迫害を行った。典型的な暴君として知られる。」(世界史の窓)

ローマの大火(ウィキペディア)について、64年、ネロはこれをキリスト教徒によるものであると断定し、簡単な裁判で死刑に定め、猛獣の餌食にし、十字架につけ、松明の代わりに燃やしたりしました。映画では、松明にされているキリスト者の姿が出てきます。

この時に、教会指導者としてペテロが逆さ磔にされて殉教したのですが、有名な映画「クォ・ヴァティス」があります。そしてパウロも、この時に殉教しており、おそらく67年ではないか、と言われていますが、その時のことを描いたのが当映画です。映画の最後で、テモテに第二の手紙をルカに託している場面が出てきますが、テモテ第二は、まさしく彼が殉教直前に書き記した書物です。そこに書かれている内容を読めば、この映画の中身をさらにじっくり味わえるでしょう。

アクラとプリスキラが、隠れているキリスト者の共同体の指導者になっているとか創作の部分がありますが、けれども彼らはローマ出身の夫婦であり、十分に聖書の内的証拠や当時の歴史背景を考察した上で描いているものと感じました。

邦題の副題に、「愛と赦しの物語」とあります。確かに映画は、迫害者に対して反旗を翻すのではなく、良い行いで報いるキリスト者の姿勢が表に出ています。大事なのは最後に、映画製作者の意図が明確にされており、「迫害下にいるキリスト者に捧げる」というものでした。

世界には、これまでにない数多くのキリスト者が迫害されており、終末的様相を帯びています。私たちが決して、対岸の火事のようにして眺めてはいけないでしょう、同じキリストの体として、祈りによって痛みを共にしていく必要があります。

迫害下にある教会のための国際祈祷日2018(11/4・11)

云わば、エンタテ性の少ない「本格派」の映画です。ご鑑賞をおすすめします。

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