「京都のアニメスタジオ放火」について思う

私は、この痛々しい事件、一種の「霊的」なものだと見ています。どうしても、世界各地で起こっているテロ事件と重なってしまうのです。

日本は本当に安全な国と言われていますけれども、実際は殺されても、戦ってもいないのに、中東などにおける内戦で死んでしまう人数と匹敵する、いや、それ以上の年に二万人以上が自ら命を絶っているのです。(イスラエル人の知人に聞けば、自殺は考えられないこと。あまりにも病床で痛みが激しく安楽死を願うようなことであれば、もしかしたら理解できるが、それ以外は考えられないと言っていました。)全体的には人数は減っていますが、若者の自殺は最も多くなっているとか。

そして、全くイデオロギーや、宗教とは違うのですが、無差別に殺傷する、しかも表現をすることを仕事にし、世界で知られているような日本のアニメの発信地を叩く、ということも、何かテロ事件と重なるものがあります。

要は、私たちがどんなに安全と思われる国にいても、そういった、危険な、宗教や政治的イデオロギーが希薄であっても、人殺しをする力というものは、空中に働いているということ。

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