「寛容」「謙遜」を装った聖書の否定

聖書の権威を巧妙に捨てていっている方法について、D.A.カーソン教授が語っています。英語が少し難しかったのですが、以下にまとめがありました。

D.A. Carson’s “Subtle Ways to Abandon the Authority of Scripture”

1.聖書を権威をもって教えている「福音派」とされている教会であっても、「これは、かなり否定的に聞こえる表現だ」というものであったり、「これを語れば、賛否両論が出てしまう」とか恐れたりして、敢えて語らないという傾向があるとのこと。例えば、癒しや異言など、聖霊の賜物の現代の有用性について。

私は、今の新改訳第三版の翻訳に大いに不満な部分がありますが、「らい病」の訳語を変えたその動機、また「(ユダヤ人の)捕われ人を帰す」がなぜか全て、「繁栄を元通りにする」とか、聖書翻訳の中にさえ、その書かれてある部分をぼかしています。聖書を教えている時は尚更です。(出版社のサイト続きを読む 「寛容」「謙遜」を装った聖書の否定