第七回目 月浜・下二郷・牛網旅行 6月20日

無事に昨夜、東松島から帰ってきました。これで、LCFとしては第六回目、全体としては第七回目の旅行の報告をさせていただきます。

19日の正午は、奥松島の木村さんと福島富岡町の植田さんを交えて、昼食を取りました。新井さんが、大きな消しゴムを彫って文字のスタンプを木村さんに作りました。そして二時から礼拝です。私は、新しい人々が来ることを意識して聖書箇所を少なくしましたが、それでもたっぷり一時間かかった説教を興味深く聞いておられました。その後も濃密なお話しの時を持つことができました。

そしてそのまま木村さんは私たちの家に宿泊です。そして次の日、7時半には綾瀬東部教会の魯牧師と、ボランティアの塩崎さんが到着しました。

塩崎さんはこのブログ記事では初めての方ですが、実は、この方がおられなかったら私たちの救援旅行は全然違っていたと言っても良い重要な人です。塩崎さんは針灸をされている方ですが、武道館内でボランティア活動ができないとのことで、その場所を探していた時に魯先生と出会うことによって、その教会の中で活動場所ができるようになりました。それで武道館に避難されている人々が教会に来るようになった、という経緯です。そして、私が4月10日にその教会で説教の奉仕をしたその夕方に、その避難者の一人である木村さんに出会いました。

20日は、罹災者証明書を持っている人は高速道路が無料になる開始日でしたが、私は首都高も無料になると思っていたところ、東北道だけであったことが分かりました。車二台で行ったのですが、結局、災害救援車両許可書を取っていた魯先生の自動車は全行程が無料、木村さんの車が首都高の分だけ料金を払いました。

私たちは前々回の旅と同じく、宮城県の菅生PAで静岡チームと落ち合い、そこから宿泊する松島の湯の原温泉に向かい、荷物を降ろして、そして奥松島の宮戸島にある月浜避難所に向かいました。そこで、すでに数度、牛網などでお手伝いに来てくださっている仙台在住の武田さんと合流しました。月浜避難所で明日の予定について担当の小野さんと話し合った後、私たちは下二郷の避難所で人が足りないとの知らせをトラビスから受けたので、明日、掃除する予定の月浜海岸を見学したあと、そこに向かいました。

そこは、東松島市の北隣にある遠田郡美里町にありますが、牛網の隣町の浜市住民が避難しています。私は担当の熊谷さんと話ながら、私たちの牛網での救援活動や、浜市小学校を見ながら家の掃除をしていたことなどをお話しました。中を覗くと、かなり若い人々がいます。子供たちも多いです。

そして台所では、カルバリー西東京の山東さんと、沖縄宜野湾からチャック・ロブさん、そしてCC Bible College卒業生の松原さん、在校生の中村さんが夕食の準備をしていました。ハワイ風醤油チキンです。牛網の千葉さんがトラビスにこれを作ったら良いと勧めていたそうです。

そして静岡教会の牧師、見城さんとスケットの望月さんが、イブニング・コンサートの準備をしました。塩崎さんは針灸の奉仕をされました。

食事は、初めあまり人が来なかったのですが、一度、醤油チキンを味わった人が「おいしい!」との声を上げると、取りに行く人々が出てきました。そして台所の隣の部屋で行ったイブニング・コンサートにも、人々が入り始めました。

見城さんと望月さんは、前々回と同じように、ギターでしっとりとした歌を奏でました。望月さんは自分が引きこもりの状態から主に出会った体験を詩にして歌いましたが、みんな感動しました。そして、その部屋に聖書やトラクトも机に置いて帰りに取っていってもらうようにしました。

そして私たちは牛網避難所に向かいました。そこで、牛網で奉仕していたハワイのチームやトラビスたちがいました。なんと、彼らは避難所の駐車場に大きなテントを張っています!山東さんが、「ホノルルからのメンバーに、マッチョがいて、力仕事をしたがっているから、ぜひ月浜海岸の掃除をさせたらいい。」と教えてくださったので、私はトラビスに男たちを月浜に送ってくれるよう頼みました。

宿に帰ったら午後10時を過ぎていました。