兄弟の交わりは御霊の武器

見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。」(詩篇133:1)

兄弟が一つになっていること、時間を共に過ごし、主にあって辛苦を共にしていくところには一致があり、そこに敵に打ち勝つ強靭な霊的チームが出来上がっています。

良いですね、この連携!神は、このような小さき者の連携を知恵者中の知恵だと言っています。

地上には小さいものが四つある。しかし、それは知恵者中の知恵者だ。蟻は力のない種族だが、夏のうちに食糧を確保する。岩だぬきは強くない種族だが、その巣を岩間に設ける。いなごには王はないが、みな隊を組んで出て行く。 やもりは手でつかまえることができるが、王の宮殿にいる。 」(箴言30:24⁻28)

だから、クリスチャンが自分だけ見つめて不足を感じる時、「自分は自分だけじゃない」って理解してくださいね!次の御言葉を思い出すと良いでしょう。

もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。(1コリント12:26-27)」

自分一人の戦いではありません。互いに祈ること、執り成しの祈りをしてもらうことは、霊的の最前線の戦いで、援護射撃をしてもらうことです。イメージは、私の大好きな「バンド・オブ・ブラザーズ」から。

“Supressing Fire” (制圧射撃!)”Take Cover!”(援護射撃だ)

ノルマンディー上陸作戦敵陣に進む時に、相手陣からの攻撃を制圧するため、味方が猛烈に相手方に連射します。相手方はその射撃に対して反攻せねばならず、その間に仲間は敵陣に近づき新たな隊形を作れるのです。教会が神の御心を行う時、例えば誰かが救われることを願う時に、この制圧射撃が「執り成しの祈り」であります。

すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。(エペソ6:18)」

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