風俗発言&慰安婦問題の参考情報

以下は、二つの投稿記事「慰安婦問題」「『風俗』と男の尊厳」の続きです。

橋下氏の風俗発言に関連して、詳しく論評しているお薦めの記事が二つあります。

まずは、「小さな命を守る会」で長年主事であられ、性や命について、日本のサブカルチャーの視点から論じ、講演等をしておられる水谷潔さんの一連の記事があります。

「公益による弱者人権侵害の正当化」としての橋下市長慰安婦発言
「軍と性」、その基礎知識(1)(2)(3)

私は、一連の記事の中にある「綺麗事で済ませてはいけない」という言葉に感銘を受けています。イエス様が遊女や取税人と交わっているという非難を受けられましたが、このような問題を真正面から取り扱うことは、そのような誹りを受けかねません。

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「風俗」と男の尊厳

(前記事「慰安婦問題」の続き)

ところで橋下氏の意見は、「米軍は現状に目を向けなければいけない」と言いながら、実はご自身が風俗の実情に目を留めないという点で、非現実的で、夢想的ですらあります。性風俗における性病の問題、そして若い女性たちに、半強制的な状況で働いている者たち多くいるという現状、かつての日本の吉原にあったおぞましい惨状など、こうしたことには目を留めていないのです。そして実際にも、兵士の間に性病が蔓延し、それが兵力にも実際に悪影響を与えるという現実にも目を留めていないのです。

実は橋下氏は、なんと大阪職員の性的不祥事に対して、風俗を利用を勧めている発言を行なっています(記事)。したがって今回の発言は、軍というものを越えた彼の一つの信条に基づいていたものであるようです。彼は基本的に「男の性欲の大きさによって、女性が性犯罪を被ることがないでほしい、だから風俗を。」という歪んだ正義感があります。

そして、昨日の礼拝説教の中で、私は固有名詞を出しませんでしたが、彼の発言に触れました。神が与えれた尊厳の一つに「性」があり、風俗の利用は、女性の尊厳だけでなく、男性の尊厳を台無しにする行為であることを言及しました。

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慰安婦問題

慰安婦問題について、このブログで意見を申し上げることはありませんでした。けれども、キリスト者として、また聖書的観点から論じてみたいと思います。安倍首相の歴史認識が、韓国や中国のみならず米国からも問題視されている中で、日本維新の橋下大阪市長が、もっとつっこんだ意見を言いました。

まずは記事の紹介から。

 日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は13日夕、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を視察し同飛行場の司令官と面会した際に「もっと日本の風俗業を活用してほしい」と促していたことを明らかにした。米兵による性犯罪などの事件が後を絶たない状況を踏まえての発言だが、司令官は「米軍では禁止されている」などと取り合わなかったという。

 橋下氏は今月1日、同飛行場を視察。その際、司令官に「合法的に性的なエネルギーを解消できる場所が日本にはある。真っ正面から風俗業を活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーをコントロールできない」と述べたという。

 橋下氏によると、司令官は凍り付いたような表情をみせ、「米軍では禁止の通達を出している。これ以上、この話はやめよう」と打ち切った。

 橋下氏は記者団に対して「事件が収まる因果関係があるようなものではないが、活用を真っ正面から認めないとダメ。兵士は命を落としかねない極限状況に追い込まれており、そのエネルギーを発散させることを考えないといけない」と述べた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130513-00000589-san-soci

参考:橋本氏のぶら下がり取材の全文

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女性に一考してほしい男性の悩み

先ほど、カルバリーチャペル・コスタメサの水曜晩の礼拝をネットで見ました。話者は牧者ブライアン・ブローダソンで、箇所は1コリント7章1-7節で、ずばり「夫婦の性生活」でした。1-5節まで引用します。

さて、あなたがたの手紙に書いてあったことについてですが、男が女に触れないのは良いことです。しかし、不品行を避けるため、男はそれぞれ自分の妻を持ち、女もそれぞれ自分の夫を持ちなさい。夫は自分の妻に対して義務を果たし、同様に妻も自分の夫に対して義務を果たしなさい。妻は自分のからだに関する権利を持ってはおらず、それは夫のものです。同様に夫も自分のからだについての権利を持ってはおらず、それは妻のものです。互いの権利を奪い取ってはいけません。ただし、祈りに専心するために、合意の上でしばらく離れていて、また再びいっしょになるというのならかまいません。 あなたがたが自制力を欠くとき、サタンの誘惑にかからないためです。

現実的、実際的な話をしなければいけないとして、いろいろな霊的助言をしていました。自身も結婚カンセリングをしているそうですが、「感情に苦みや敵対心があれば、当然ながら親密さを示すセックスはしなくなる。数ヶ月、数年、夫婦生活をしたことがない人たちがいる。これは罪だ。」とまで言い切っていました。日本の夫婦にはセックスレスが多いのですが、この基準からすると、罪を犯しているクリスチャン夫婦は意外に多いかもしれません。

積極的な性

性について取り扱うときに、私自身乗り越えなければいけない恥ずかしさがあります。それは日本人がどうしても性について、必ずしも聖書的ではない恥ずかしさがあることです。けれども、聖書を読んでいていつも、性が自分が思っているよりも積極的であり、神がこれを賜物として与えておられて、一種の使命さえあることを知るからです。

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時代遅れの教会

心に留めておくべきニュースを紹介します。ただし英文です。

著名な弁証家(Apologetist)が福音派指導者に呼びかけ - 「御言葉を蝕んでいる」

kenham「創世記における回答(Answers in Genesis)」という創造説の団体の創始者であるケン・ハム氏が、「地球の年齢、聖書の権威、米国の凋落」という題名で講演を行ないました。ケン・ハム氏は、創世記の創造の記述は文字通り解釈すべき立場を取っています。

彼は、決して福音派の指導者を個人的攻撃するつもりではなく、福音を宣べ伝えていないと言っているのではなく、深く尊敬していると前置きした上で、「神の御言葉が傷つけられている。有名なキリスト教指導者が、それを行なっている。」と指摘しました。

特に、ジョン・パイパー氏、スプロール氏、マーク・ドュリスコル氏の名前を挙げて、このような著名な人々が、若い地球説から離れて行っていると言っています。

そして彼はこう言っています。「多くのキリスト教指導者が今、『イエスに信頼しているのであれば、創世記の言っていること、地球の年齢について気にする必要はない。出て行って、福音を宣べ伝えなければいけないのだ。』と言っている。しかし、私たちが理解しなければいけない点は、福音はこの聖書という書物から出て来ているものであり、諸世代の人々が聖書は信頼に値するものではない、その権威と歴史を疑うように導かれたら、結局は、聖書を拒否し、福音を聞かなくなるであろう。

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米国の銃規制と自民党の改憲草案 その2

その1からの続き)

アメリカの銃社会を指差す前に

そして次の記事をお読みください。

国際平和装置としての暴力

銃という暴力の手段を国家間のレベルで見ると、「核兵器」が平等化の機能を果たしているという見方です。私もこれに同意です。在日米軍完全撤退、自衛隊完全解消という選択を取らない限り、日本は、銃社会と同じ構造で平和を享受しています。

私の戦争についての考えは、以下の記事に残しました。

改めて「戦争」を考える

焦点は「イエス様」

私にとっての全ては、「力の行使について、では、イエス様はどうだったのか?」という問いになります。上の記事に書きましたが、戦争またその他の力の行使について、こう考えています。「「戦争は起こるもの」という人間の現実、罪に起因する現実としてはみなしておられるが、それを起こしてはならないという「べき」論としては語っておられない。

イエス様は、反戦運動はしませんでした。むしろ福音書また使徒行伝では、ローマの百人隊長の信仰を良い視点でご覧になっています。彼らが信仰を持った後に、武力の行使をしてはならぬと言って兵役を辞めたのでしょうか?いいえ、そのような記述はありません。唯一、民を虐げる手段としてはならないという戒めを、バプテスマのヨハネがしているのみです。使徒パウロも、皇帝の親衛隊が信仰を持ったことを伝えていますが、彼らが兵士であることを咎めたことはありません。 続きを読む 米国の銃規制と自民党の改憲草案 その2

米国の銃規制と自民党の改憲草案 その1

ちょっと難しい課題について話したいと思います。それは、最近起こった、小学校での銃乱射事件によって、再び銃規制の論議が米国で発生しています。それにともない、日本にいるクリスチャンの中からも、米国の銃社会に対する批判の声を聞くようになりました。

私はこの問題については、距離を取っていました。なぜなら、まず「米国で起こっていることであり、米国人が真剣に考えるべき問題であり、私たち日本人が干渉するような問題ではない。」という思いがあるからです。そして次に、「けれども、日本でも無差別殺害の凶悪事件が急増し、お隣の中国でも同じように小学生に刃物を振り回し20名以上が怪我をするという事件が同時期に起こった。これは世界的な現象だ。暴力が増すことは終わりの予兆であり、私たちは目を覚ましている必要がある。」という点、それから「殺された人たちの遺族のことを思って祈りを捧げなければいけない。」ということです。津波と原発の災害の時に海外のクリスチャンがどれだけ祈りを捧げてくれたかを思えば、たとえ海外で起こったこととしても祈らなければいけないと思います。

アメリカ事情の理解

ですから、私は銃規制についてとやかく言いたくないのですが、この機会にアメリカの事情を深く理解していく必要があるのではないかと感じます。そこでご紹介したいブログ記事があります。

平等化装置としての暴力

一部を引用しましょう。

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日本人におすすめする中東問題の本

三つ前の記事「ここが変だよ!池上彰さん その3」の補足です。ある方から、「日本のマスコミにこのレベルで問題を理解することを求めるのは難しいと思った。」「パレスチナ問題の本を読んだが学者によるもので、イスラム研究者だと思う。」という感想を頂きました。

以上の三つの投稿記事は、マスコミの人たちが読むことを期待して書いたものでした。けれどもキリスト者としてもっと突っ込んで大胆に書くならば、エルサレムやユダヤ人を取り囲む問題を取り扱うことは、すなわち自分自身の問題を取り扱うことに他なりません。聖書にあるように、イスラエルの民を神が選ばれているので、彼らに起こっていることが、すなわち私たち人間一人一人と神との関係を映し出す鏡となっているからです。

ゆえに、日本の人たちがエルサレム問題を取り組むことは、すなわちキリストへの信仰を持つぐらい難しいことであると思います。1パーセントのクリスチャン人口は、パレスチナ問題もそれだけの理解力しかもてないと言っても過言ではないと思います。(例:日本人は、たいてい自分は無宗教だと言いますが、実は強固な多神教信仰の世界観を持っている、ということに気づかないと、正しい理解はできません。)

私自身も、悩みながらこれまで調べてきたのですが、中東問題については専門家でも何でもなく、初心者また学習者だと思っています。けれども、一般に出ている良書と呼ばれているものは読むように努めてきました。イスラエル近現代史としては、以下のブログ記事にリスト・アップしていました。

初めから物語る歴史 - イスラエル その5

全体の流れを知るには「イスラエル全史」がいいです。これで全体像がくっきり見えました。

そして独立戦争は「おお エルサレム! 」が定番だと言われています、ひどく感動しました。肌で彼らのことを感じたいなら、絶対これをお勧めします。六日戦争については、「第三次中東戦争全史(Six Days of War)」にまさるものはないと言われています。この二書はイスラエル側だけでなく、アラブも、また英国や米国等、それぞれの登場人物の生身の姿を描き出すことに非常に長けています。池上さんのように「まとめて」いないのです。そのまま出して、あとは読者に感想をゆだねるというアプローチです。

ヨムキプール戦争全史」も良かったです。戦争のすさまじさと、そしてシャロンなどいつも悪者にされていますが(実際、かなりあくの強い人ですが)、そうした人の発想がかえって特殊な状況の中で突破口を作り出しているなど、いろいろ見えてきます。

そして、滝川義人氏の著作や訳本ミルトス出版のものは良質のものが出ています。

訳本は概して値段が高かったり絶版になっているのですが、英語のできる方は原書をアマゾンなどで購入するのも一つの方法です。

これまでの中東というのは、アラブ・イスラム研究者、しかも左翼的な人による書籍が多いのですが、数少ない信頼できるのは池内恵(さとし)さんの著作です。彼のイスラエルの見方であれば、その批判はアラブ・イスラム研究者側の意見として見れば妥当だと思います。けれども多くの研究者は、彼の言葉を借りると、「「中東めぐる問題」などではなく、なによりも「日本をめぐる問題」」と言うように、自分の日本国内にある考えをただ中東に投影させているだけに過ぎません。

ここが変だよ!池上彰さん (その3)

その2からの続き)

それでは、パレスチナ紛争についてお話したいと思います。

神を信じない「ユダヤ人」

まずは、パレスチナ紛争はユダヤ教徒とイスラム教の間であると言いながら、次の比率を出していました。

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争いは、ユダヤ教と、イスラム教です。イスラエル国民の宗教比率は、
ユダヤ教・・・・・・75.4%
イスラム教・・・・・17.2%
キリスト教・・・・・・2.0%
その他・・・・・・・・5.4%

で、ユダヤ教徒によって造られた国です。
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しかし大きな間違いがあります。それは「ユダヤ人」と「ユダヤ教徒」は違うからです。イスラエルでは、パレスチナとの溝よりも、もっと深刻ではないかと言われているのが「宗教派」と「世俗派」の溝です。世俗派は八割、宗教を信じている人は二割ぐらいだと言われます。シオニズムの父テオドールも、イスラエル建国の父ベングリオンも、ユダヤ教を実践する人ではありませんでした。シオニズムの構想は、神を信仰している人ではなく、むしろヨーロッパの啓蒙思想とロシアの社会主義の理想を掲げていた人々が主に造り上げていきました。イスラエルの主要政党は建国後ずっと労働党でしたが、彼らは左派でありユダヤ教は実践していません。

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ここが変だよ!池上彰さん (その2)

その1からの続き)

イスラム教:対抗する新興宗教

番組では、宗教を説明する時にイスラム教から始め、三宗教の中で一番時間を割いています。これは世界に台頭している宗教ということで、ジャーナリストとしては伝えなければいけないという使命感があるのでしょう。また、全ての人がテロリストなのではない、もっと大きな視点からイスラム教を見ようという意図も理解できます。

けれども、不思議なことにイスラム教とユダヤ教の関係と対立点、そしてイスラム教とキリスト教の対立点について論じられていませんでした。

イスラム教の聖典コーランを読めば、そこには旧約と新約の聖書の記述が散りばめられていて、ユダヤ教徒とキリスト教徒に対する対応も詳しく述べられています。今、キリスト教では異端とみなされているエホバの証人の人たちの訓練の場を取材すれば、必ずキリスト教の堕落やクリスチャンへの対応などの教育を受けている場面を見ることができるでしょう。コーランを見る限り、私は同じような印象を拭うことはできません。

イエスの否定がイスラム信仰の始まり

池上さんは岩のドームに入る取材許可を受けて、とても興奮しておられましたが、そのドーム内に刻まれているアラビア語は、まさにキリスト教を論駁する言葉に満ちています。

参照:The Arabic Islamic Inscriptions On The Dome Of The Rock In Jerusalem

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