米国福音派教会から見る、分裂、背教の時代

 僕は米国の教会で育てられ、今も深い関係を持ち、そこが霊的故郷だと思っています。そこには、一人ひとりの兄弟が、御言葉を大事にし、そこから霊の糧を得て生きている姿を見ます。その純粋な姿に倣っていきたいし、受け継いでいきたいと願っています。

 それと同時に、余計なこともあります。これは日本の教会も例外ではなく、米国に限ったことではないのですが、米国の福音派の教会にある悪い傾向を日本に持ち込んでいるという意味で、深刻です。イエス・キリストに対する信仰の一致において一つになっているのに、意見の違い、見方の違いをまるで異端であるかのところまで引き上げ、分裂していく問題です。

 米国の場合は、西欧の思考、思想にある、二元論的な考え方、理念的なところでの分裂と言っていいでしょう、日本の場合は、自分の立場や他者の目が気になるような自己保身から来ている分裂、自分に不安があるために他者を排除するような分裂、村社会的な分裂です。

 米国のほうでは、分裂の次に見えてくる、終わりの兆しがあります。明確な「背教」です。著名な、よく知られている、キリスト教の世界の人物が、そういった分裂の要素、種を見続けてしまったためか、教会にある霊的な水脈を見るところから離れて、次々と自分自身の信仰を捨てることを公言しています。そこに見られる共通項は、保守的、福音的、信仰を持っていたとされる人々が、その非寛容性を自己反省するところから始まり、ああ、良い傾向だと人々が思いきや、リベラルな信仰さえ越えて、信仰そのものまで捨てるという背教へと振り子が揺れるのです。

 日本においても、その悪い流れが少し見えることがあります。保守的、福音的な人々に二元論的、対立をもたらすような議論を持ち込み、日本には問題がほとんどないのに、わざわざ問題を引き起こしています。そして、そういった単純さによって人々に馬鹿にされたくないと思って、福音を、格好よくしていこう、見た目に良くしていこうとする傾向があります。

参考記事:「格好良く見せようとする教会」「距離を置きたいような神学論議

 次に見えるのは、おそらく、信仰そのものを私は捨てましたと公言する人々が出て来ることです。米国で起こっているのですから、そのまま持ち込む人たちがいるかぎり、このことも起こるでしょう。

 そしてこれは終わりの日のしるしです。「まず背教が起こり、不法の者、すなわち滅びの子が現れなければ、主の日は来ないからです。(Ⅱテサロニケ2:3)」

 下のフェイスブックの投稿を書かれた牧師さんは、ヘブル3章を引用して、神の救いの恵みから離れないように互いに注意していこうと勧めています。

12 兄弟たち。あなたがたのうちに、不信仰な悪い心になって、生ける神から離れる者がないように気をつけなさい。13 「今日」と言われている間、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされて頑なにならないようにしなさい。14 私たちはキリストにあずかる者となっているのです。もし最初の確信を終わりまでしっかり保ちさえすれば、です。・・・・」

In recent months I have read about many well known figures in Christianity renouncing their faith. Paul Maxwell joins…

John Snoderlyさんの投稿 2021年4月15日木曜日

「米国福音派教会から見る、分裂、背教の時代」への3件のフィードバック

  1. フェイスブックの友達の牧師さんが、似たような内容のことを、端的に、分かりやすくブログ記事にしておられました。ぜひご一読を。

    守り保つ対象を誤るな

  2. 私は「メインライン」「リベラル」と呼ばれるる教会に属しているものです

    かねてより福音派の方々に対しては良い面悪い面様々だが熱心なところは感心しておりました

    しかし近年のドナルド・トランプという胡乱な人間を寄りにも寄って「神の使い」と称して崇める人間たちが福音派より多く出てきており失望と憤りを感じております

    管理人様は彼の発言などについてどう思われてるのでしょうか?

    たしかに彼にも良いところもありましょう、アルコール中毒で兄をなくしたつらい経験から酒を断ち、アルコール中毒に苦しんでいる人たちを助ける活動をしている、ここは彼の褒められるところだと思います

    しかしそれらを差し引いてみてもアフリカ諸国への暴言、移民への差別感情(仮に犯罪者が多数いると考えても彼の発言はキリスト教的だとは思えません)、性的放縦の数々、金銭への過度な執着、とてもではありませんが「滅びの子」のように思えて仕方がないです

    もしこれが貴ブログの指摘される福音派内部からの背教が原因であれば悲しいことです、事実トランプの周囲にいる牧師は金銭、不倫、そして何より異端カルトとの繋がりを指摘されております

    しかし米国の福音派信徒たちは彼の上辺の「福音的」な言動を持って称賛しているように思えてなりません

    私がなぜリベラルな教会に属しているかというとある種の穏やかゆえの「冷たさ」があるからです、福音派の熱心さは素晴らしいと思う反面、このように「福音」というレッテルに対し無批判に迎合してしまう傾向が弱みだと思っているのです

    管理人殿がトランプ氏のことに対し支持であっても彼のキリスト者としての資質に問題を感じているのであれば他記事での発言は取り下げます

    しかしあなたが彼を神の使いだと、正当な福音的信徒とみなしているのであればもう私からは何も言いません、あなたの福音的信仰はただただ虚しい拝金教徒に乗っ取られてしまい今や「リベラル」より堕落していると批判させていただきます

  3. 私は、「トランプ氏のことに対し支持であっても彼のキリスト者としての資質に問題を感じている」の方だと思いいます。彼の出した政策や方針には、本当に驚くべき快挙と言ってもいいものが含まれています。ただ、彼自身のキリスト者としての資質は、本当に分からない、というのが正直な思いです。実は福音派で、政治保守の多くが、ずっと最後までトランプ氏への支持をかなりためらっていたと記憶します。私の周りのアメリカ人のクリスチャンたちもそうでした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です