イエスは信長、聖徳太子以上の歴史的人物

イエス・キリストが神話上の人物なんていうイメージが、日本人の多くにはありますが、こんなコメントがあります。

「イエス・キリストも本当に実在していた人物なのです。日本では、ちゃんと聞く機会あまりないですよね。・・でも逆に海外では、イエス・キリストは超有名な歴史的人物で知られ、聖徳太子や織田信長のことを知ってる人なんて、ほぼいない。」(「イエス・キリストとは何者か?33年6ヶ月の生涯」)

以下は、「聖書考古学」という学問の分野が発達し、現在進行形で発掘が進んでいることを伝えているものです。

オリーブ山便り」からのビデオ・ニュースレター

関連記事:
①「受難週 - 聖書考古学から

Passion Week Archaeology from SourceFlix.com on Vimeo.

②「考古学が明らかにする聖書の真実

ロゴス・ミニストリーの「イスラエル旅行記」

若者・IT感覚でキリスト教を紹介

前記事の続き)

前の記事では、キリスト教会の様子を伝えたものですが、次の二つの記事は、キリスト教で何を信じているのかを、分かり易く紹介したものです。若者、IT感覚で伝えているのがとっても良いですね。

キリスト教とは?教え・宗派・世界のはじまりを解説【前編】

イエス・キリストとは何者か?33年6ヶ月の生涯【後編】

キリスト教って何?ノンクリスチャンの私が初めて教会に行ってみた

昨日、すばらしい記事に巡り合いました。

キリスト教って何?ノンクリスチャンの私が初めて教会に行ってみた

ノンクリスチャン(クリスチャンではない人)が、教会に足を運んで、素直に感じたこと、勉強して知ったことを書いているものです。クリスチャンから見て、ものすごく爽やかというか、ほとんど「はい、そのとおりです!」と言えるものばかりなので、記事にしてご紹介しようと思いました。

(細かい話をしますと、「生まれながらのクリスチャン」という言葉が出て来ますが、「クリスチャン家庭に生まれた人」ということだと思います。クリスチャンというのは、「キリスト教を信じている人」ということなので、自覚的に、意識して信じることをしていないのであれば、たとえクリスチャン家庭に生まれても、クリスチャンではありません。でも、文意は伝わっています。)

このブログ記事を読まれた方で、まだ教会に足を運んだことがない方も、ぜひ私たちの教会に足を運んでみてください。また、ご自宅から遠い方はぜひメール(info@logos-ministries.org)でご相談ください、探すのをお手伝いします。

教会へようこそ!

次の記事は、キリスト教の紹介)

天地、国々を揺り動かす主

今年に入り、ますます、私たちの主の到来を待ち望む時に入っていると感じています。

①「世界で何が起こっているのか?」ジョエル・ローゼンバーグ

ジョエル・ローゼンバーグ氏による今年のEpicenter Conferenceは、10月6‐7日カルバリーチャペル・コスタメサで行われました。


その前座でしょうか、10月5日、水曜礼拝においてジョエル・ローゼンバーグ氏に牧者ブライアンは語ってもらいました。

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2017年秋の修養会「教会家族」

今年も恒例の、カルバリーチャペル西東京と合同の、秋の修養会を行ないました。


教会家族 2017年 秋の修養会
(「キリスト教殉教者 記念研修会館」にて)

リンク先に、賛美、証し、メッセージの音声が掲載されています。(私の話した原稿は、こちらです。「②聖さを保つ交わり 」「 礼拝「肉の家族と教会家族」」「④神の家族の再会」)

聖書には、私たち信仰を持つ者たちは、「神の家族」(エペソ2章19節)と呼ばれています。信仰は単なる個人の救いや修養だけでなく、信じた者が共に結び合わされ、教会家族として共に生きていく姿を伝えています。

私たちの教会も、とても良い意味で落ち着きました。今年における大きな恵みは、80歳を超えた姉妹を含め、四人の方が7月にバプテスマを受けられたことです。その内、三人が修養会に参加しました。

そして、カルバリー西東京の兄弟姉妹との交わりも、ずっと前から知り合いであったかのように、初めて会う人々もとても打ち解けて交わっています。私もこの時はとてもゆったりできていて、近くにある温泉も手伝ってか、心がだらりと(?)開いた状態でお話しでき、またお話しを聞くことが出来ています。 続きを読む

16年目を迎えた米国同時多発テロ

フェイスブックにおける投稿

16年前の昨日、世界が多く変わりました。いろいろな意味で変わりました。テロ戦の時代に入ったというのはもちろんのこと、世界の価値観がみるみるうちに変わり、今もその延長にあると言えます。

教会も、霊的に変わりました。かつて二つの世界大戦やナチスがユダヤ人などに行った悪を見て、人々は進歩して、理想の世界になるのだとする価値観が、キリスト教会の中にさえあったのが、粉砕されました。けれども、米国同時多発テロによって、人間が何も変わっていない、いや文明論、歴史観そのものが揺るがされるような形で、悪が噴出しました。ナチスはいみじくも、「科学」の名において悪を行ないましたが、イスラム過激派は、古典であるとされていた、昔話とされていた彼らの信じる聖典に触発されて行なっているのですから。

聖書を信仰するのであれば、イエス様の言われている終わりの徴、預言者たちが語っていた徴が顕著に現れていることが分かります。そして聖書は古典ではない、人は進歩するのではなく、神が何千年も前に語られていることが甦るということを経験し続けています。

しかし人間は、それを直視したくなかった。客観的事実を観たくなかった。そこでポスト・モダンとも言われる、「事実ではなく、感じることが大事なのだ」という哲学が、16年前の9月11日の衝撃から始まりました。感情が絶対化され、自己が肥大化され、人々が今よければよい、と思っています。 続きを読む

「オリーブ山便り」リニューアル

お知らせです。

在イスラエルの日本人キリスト者から発信される、中東・世界情勢ニュース「オリーブ山便り」が、ウェブサイトとしてリニューアルしました。

私が日頃接している、日本語による中東・世界情勢ニュースでは、オリーブ山便りに並ぶものはありません。とてもバランスよく、イスラエル当地や欧米から発信される英文記事をまとめ、そしてキリスト者の視点でそれを解説しています。ご本人は、これを主に仕える働きとして行われていますが、ジャーナリストとしても、一般の記者による報道と負けず劣らずの内容になっています。

現地からのニュース発信のみならず、講演や講義の依頼にもお応えされています。さらに最近、イスラエル政府からの公認旅行ガイドの資格を取得されたので、イスラエル国内の旅行案内や執り成しの祈りの働きのお手伝いなど、お手伝いすることがおできになります。⇒「ガイド/講演依頼

ぜひ、ウェブサイトをお気に入りに入れてください。そして、いち早くニュースを受け取りたい方は、メール配信登録をされることをおすすめします。 続きを読む

皆既日食と世の終末?

今、自分のフェイスブックには、続々と米国の友人たちからの皆既日食を撮った写真がタイムラインに流れています。ある方が、ご自身は思いっきり”引いた”形で次の記事をシェアしておりました。

【悲報】「今年の9月23日人類滅亡」ほぼ確定へ! ピラミッド、聖書、皆既日食など根拠多数、2024年8月8日まで終末状態が続く!

もう三年前以上に、以下のブログ記事を書いておりました。とても単純な部分で聖書の預言を読み違えています。

「赤い月」預言について

そして、いつも牧者JDファラグさんとアミールさんの聖書預言の解説を翻訳して発信しておられる、言波さんも、大切なことを書いておられます。

~~~~
(ブログ:「神さんのいうとおり」から))

つまり、天にしるしが現われるというのは、聖書に適った事ではあるけど、
私達が注目し、述べ伝えるのは、そこではない。という事。

なぜなら、聖書にはこう書いてある。

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシヤ人は知恵を追求します。
しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。
第一コリント1:22-23 続きを読む

地獄は不正か、それとも究極の正義か?

もし、だれでも、獣とその像を拝み、自分の額か手かに刻印を受けるなら、そのような者は、神の怒りの杯に混ぜ物なしに注がれた神の怒りのぶどう酒を飲む。また、聖なる御使いたちと小羊との前で、火と硫黄とで苦しめられる。」(黙示14章10‐11節)

昨日は、東十条の学びで黙示録14章(原稿音声)を学びました。先日、当ブログでセカンド・チャンスを改めて考える記事を載せましたが、それは「福音を聞いたことがない者が、死後に救われる機会があるのか」という問いかけでした。

けれども、そもそも、これまでじっくりと「地獄」というものが何なのか、何の思いをもって神はそれを造られているのか、またそこに神の正義があるのか、また憐れみもあるのか?という、「地獄」そのものについての教えから、私自身、目を逸らしていたことに気づきました。

毎週、いや毎回の聖書の学びで、私の信仰の中の奥深い部分で、地獄の存在を全く意識しなかったことはあり得ませんでした。非常に大切な教えである一方で、これを言葉にして、表に出すことに対する強い不快感が、どうしても付きまとってしまいます。

しかし、避けて通ってはいけないと思って調べてみました。

「愛の神は、人間を地獄で苦しめたりしないはずだ」は本当か?

一つ目は、以前当ブログで紹介した、「それでも神は実在するのか?」(リー・ストロベル著 いのちのことば社)です。本書は、キリスト者ではない方、求道者の方には特にお勧めです。キリスト教は良いかもしれないが、これこれの要素があるから、受け入れられないというような疑問に、真正面から取り組んでいる本です。そこに、上の副題の、地獄に対する疑問に返答している神学者の言葉が載っています。J.P.モーランドという方です。 続きを読む

改めて「セカンド・チャンス」について

有るところで、「福音を生前に聞いたことのない人が、死後に救われる機会はないのか?」という内容の議論があり、私もその中に加わっていました。以前、以下の書籍紹介を当ブログでしていました。

「セカンドチャンス」は本当にあるのか

下に、私の立場を書かせていただきます。

①神は正しい方、そして慈悲深い方

私は、神の救済についておそらく、保守的な聖書理解に立っていると思います。つまり、全ての人が罪を犯したゆえに、神の前で有罪だということを信じ、受け入れています。聖書全体の中にも、旧約から新約まで、人は罪深く、不義を行ない、それゆえ神の憐れみなしには生きることはできない存在だ、ということが徹底しているからです。人は罪人であり、神こそが聖なる方、義なる方です。

そして、神を知らない異教徒についてはどうなのか?ということになりますと、その与えられた知識に基づいて裁かれます。ローマ1章後半では、神を知らないと言っても、実は被造物にある神の栄光があって、その知識を抑え込んでいる。死後に裁きがあることを知っているのに、あらゆる悪や貪りに心から同意している、ということが書いてあります。そして2章においては、自分を正しいとしている人たちについて、実は自分が正しいと思っていることさえ行なえていない、良心にある律法に背いていると論じています。そして聖書の知識のある人は、「知っているのに、行なっていない」という問題があるとして、3章において「全ての人が神の前に有罪だ」となるのです。ですから神は、裁かれる方です。

しかし、神は憐れみに富む方です。ご自分の義にしたがえば、裁かなければいけないのですが、しかし憐れみと富む方で、怒るに遅い方です。ですから、ご自分の御子をさえ惜しまずに、ローマの十字架によって死刑人とされて、それを私たちの罪の供え物としてくださいました。罪を赦していただくために、この方の御名を呼び求め、主と告白し、また死者の中から甦らせてくださったことを信じるなら、その人は、罪、死、神の怒りから救われると信じています。

そして主は、地上に生きているものを裁かれるし、また死後にも裁かれます。終わりの日には、死者を甦らせ、各々をその行ないに応じて裁かれます。

②死後は、神の主権、領域内にある

ソロモンが言いました。「ちりはもとあった地に帰り、霊はこれを下さった神に帰る。」(伝道者12:7) 続きを読む