北朝鮮問題とキリスト者(横田家の救い)

今日、すばらしいニュースを読みました。以下のフェイスブック投稿です。

これで、横田家には少なくとも、二人の魂が主の救いを受けています。横田めぐみさんのお母様の早紀江さんと、そして滋さんです。滋さんのことは、拉致問題が発覚した当時、拉致被害者救出のために祈るクリスチャンの集まりで、滋さんがご自身がクリスチャンではないと言われていたのを思い出します。当時のリバイバル新聞というキリスト教の新聞記事を以下のページで紹介していました。 続きを読む 北朝鮮問題とキリスト者(横田家の救い)

地獄は不正か、それとも究極の正義か?

もし、だれでも、獣とその像を拝み、自分の額か手かに刻印を受けるなら、そのような者は、神の怒りの杯に混ぜ物なしに注がれた神の怒りのぶどう酒を飲む。また、聖なる御使いたちと小羊との前で、火と硫黄とで苦しめられる。」(黙示14章10‐11節)

昨日は、東十条の学びで黙示録14章(原稿音声)を学びました。先日、当ブログでセカンド・チャンスを改めて考える記事を載せましたが、それは「福音を聞いたことがない者が、死後に救われる機会があるのか」という問いかけでした。

けれども、そもそも、これまでじっくりと「地獄」というものが何なのか、何の思いをもって神はそれを造られているのか、またそこに神の正義があるのか、また憐れみもあるのか?という、「地獄」そのものについての教えから、私自身、目を逸らしていたことに気づきました。

毎週、いや毎回の聖書の学びで、私の信仰の中の奥深い部分で、地獄の存在を全く意識しなかったことはあり得ませんでした。非常に大切な教えである一方で、これを言葉にして、表に出すことに対する強い不快感が、どうしても付きまとってしまいます。

しかし、避けて通ってはいけないと思って調べてみました。

「愛の神は、人間を地獄で苦しめたりしないはずだ」は本当か?

一つ目は、以前当ブログで紹介した、「それでも神は実在するのか?」(リー・ストロベル著 いのちのことば社)です。本書は、キリスト者ではない方、求道者の方には特にお勧めです。キリスト教は良いかもしれないが、これこれの要素があるから、受け入れられないというような疑問に、真正面から取り組んでいる本です。そこに、上の副題の、地獄に対する疑問に返答している神学者の言葉が載っています。J.P.モーランドという方です。 続きを読む 地獄は不正か、それとも究極の正義か?

宮城キリシタン探訪

毎年、この時期に仙台の実家に戻るのですが、ずっと気になっていたことを行ないました。それは自分の故郷での切支丹の歴史を辿ることです。だれか案内してくださる方がいないかと思っていたところ、今年二月、N牧師と話している時に、ご自分の奥様がとても詳しいということで、お頼みしました。14年前に信仰をもった両親にも見せたいと思い、両親と、それから車の運転を手伝ってくださったN姉妹と共に、行きました。

仙台キリシタン殉教碑

広瀬川の殉教者(女子パウロ会)


仙台の西公園の端、広瀬川の大橋の横に、この記念碑が立っています。冬の極寒の中、水牢によって殉教した切支丹と伴天連を記念しています。しかし、彼らだけが処刑されたのではなく、ここら辺には裁判所もあったそうで、他にも多くの切支丹が殉教したと言われています。

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権威不在の時代

以下は、フェイスブックに書き込んだ投稿に加筆したものです。

「上」におられる神から、「心の中」の神を求める現代

以前、「感情の絶対化」という題名のブログ記事を書きましたが、最近、あることで、その書いたことと重なる内容のことを聞きました。今の社会に起こっている、深刻な問題だと思います。硬軟に「権威そのものを認めない」という傾向があるということです。

「だから、われわれは自分の感情が神のように絶対正しいと考える傾向がある。教師や上司の指導にとりあえず従っているフリをしていても、腹の中では自分の方が絶対に正しいと考えているようなときは、感情に支配されていると考えてまず間違いない。」(上のブログからの引用)

職場にしろ、教会にしろ、どこにしろ、立てられている人に、なぜか反発心を抱き、従いたくないという強い感情が出て来ること。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」状態にまでなってしまうこと。もしそうなっているのであれば、そこから離れることが賢いのですが、それでも反発心を抱きながら、自分の居場所を見つけています。

いわゆる「切れて」しまっている傾向が今日、強いと感じています。ちょっとした不愉快なこと、不快なことについて、そう感じることは正常な感覚ですが、それをいつまでも継続的に抱き、人間関係まで完全に断ち切り、自己完結した私的な空間を作って孤立しているか、あるいは、その反発心によって仲間づくりをして分派を作っているか、どちらにしても感情を自分の立ち位置の基にしてしまっていることがあります。 続きを読む 権威不在の時代

「共謀罪反対声明」に対する懸念

ここ二・三日のクリスチャン新聞の記事を見ますと、次々とキリスト教の教団や関連団体が、いわゆる「共謀罪」の廃案を求める声明を出していることを取り上げています。その根拠は、「内心の自由」が侵される惧れがあるから、というものです。

ここから少し、難しい話になりますが、逆説的なことを申し上げます。このような反対声明を出すことのほうが、かえって、将来的にキリスト者としての内心の自由を侵していく全体の動きが日本で起こってしまうのではないか?と危惧しております。

動画は、かつての大統領選挙で、民主党内の候補の一人であった、バーニー・サンダース議員による審問です。審問を受けているのは、トランプ政権において行政管理予算局の副所長への候補として、福音派神学校「ホイートン大学」出身のラッセル・ボート氏であります。この大学では、かつて政治学の教授がムスリムとの連帯を公表したため、大学が辞職したとがあり、その時にボート氏は、記事を投稿しました。その中にある一文を、サンダース議員が取り上げます。 続きを読む 「共謀罪反対声明」に対する懸念

ヘブライ的思考①:「区別」があるようで無いような曖昧さ

前投稿:「日本宣教と「ヘブライ的思考」

ヘブライ的な考え方について、西洋の考え方との対照表をご紹介しました。その中の項目の一つを考えたいと思います。

西洋の思考:「正確な分類をして生活をする」
ヘブライ思考:「全ては全てに重なり、曖昧である」

誰が救われているのか?

キリスト者にとって最も関心の高い、「神の救い」について話しましょう。救いの条件として、「信仰によってのみ」というのが、プロテスタント教会の私たちの信条です。誰が救われて、救われていないのかという議論が必ず出てきます。ところが福音書のイエス様の言葉を見てください、喩えが多くありますが、誰が救われて、救われていないのか?という区別なく、一つの忠告を与え、あるいは励ましています。救われているのか、いないのか?という「存在」を問うのはヘレニズム的です。けれども、「行なっているか、どうか」という「動いていること、活きていること」ことを問うのがヘブライ的です。イエス様の教えは明らかに後者でありました。

教えている「内容」が明確であり、それを知識的にしっかり把握していることはヘレニズム、ギリシヤ的なのですが、パウロがテモテに「敬虔にかなった教え」と指導したように、もっと敬虔さのほうに重きが置かれています。今日の教会は、「正しい信仰告白、信条」というものに重きを置くのに対して、ユダヤ教においては組織的な神学体系を持っておらず、個々の具体的な「教え」が中心になっています。

もちろん、信仰の内容、信条をはっきりさせている部分が、聖書にはたくさんあります。けれども、それは「生きている者たちの発せられる、活きた言葉」の中で告白していることであり、何か会社の議題で話し合いがまとまって、それで一つの信条告白をしているのではないのです。 続きを読む ヘブライ的思考①:「区別」があるようで無いような曖昧さ

エジプトのキリスト者:鉄のような赦しの力

今朝、あまりにも感動して、涙が溢れ出たのが下の記事です。

Forgiveness: Muslims Moved as Coptic Christians Do the Unimaginable(コプト教徒の想像を絶する赦しに イスラム教徒が感動する)

Image processed by CodeCarvings Piczard ### FREE Community Edition ### on 2017-04-20 16:32:01Z | http://piczard.com | http://codecarvings.com

以前、イスラム国によってリビアの海岸で、エジプト人のコプト教徒(キリスト教の一派)が斬首された後に、その出身の貧しい村で遺された家族が、イスラム国の戦闘員に対する赦しと、感謝の言葉までを述べたことをお伝えしました。

エジプト人キリスト者に広がる愛の御国

そして、先日お伝えしましたように、棕櫚の聖日の礼拝の時に、エジプトの二つの教会でイスラム国による爆弾テロがあったのですが、その被害者の妻がインタビューに答えています。彼女は、アレキサンドリアの教会で自爆犯に、探知機を通るように促した護衛で映像にも映っています。 続きを読む エジプトのキリスト者:鉄のような赦しの力

英米首脳の復活祭の言葉

復活祭における、英米首脳のそれぞれの言葉を聞きました。本当にじんと来ました。これこそ英米があるべき国の姿であり、世界に語りかける言葉だと思いました。この混乱した価値観と倫理の世界で、両国にはキリスト教的寛容の模範になってほしいと強く願います。

英国政府のサイト

ホワイトハウスのサイト

もちろん、国はキリスト教を代表しないし、しようもありません。キリストを証しするのは、教会であり、国ではありません。しかし、人が国を持っている時に、その限界を知りつつも最善を求めるために、キリスト教の歴史の中で築き上げた寛容の精神は、何物にも代えがたいものです。

<メイ首相:キリストを公に表明する自由> 続きを読む 英米首脳の復活祭の言葉

日本卓球選手陣から学ぶ、信仰の法則

これには驚きました。アジア選手権にて、17歳になったばかりほやほやの平野美宇選手が、なんと世界王者、中国を撃破。表彰台に上がった後に、中国の舞台で日の丸が揚がり、君が代が流れたのは、何かの間違いか?と思ったぐらい。

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自己同一性の否定

以前から「リベラルの価値観が暴走し、人々の自由を奪い取っている」ということを話させていただいていますが、日本では実感が薄いかもしれません、けれども、人々の心を蝕んでいることは確かです。

Video: Can this 5’9″ white guy be a 6’5″ Chinese woman?(ビデオ:180㌢の白人男性が198㌢の中国人女性になれるのか?)

本場の欧米では、価値観の混乱によって、信じられないことが起こっています。この記事は、社会実験として、白人の男性が、大学のキャンパスで質問していくものです。動画もありますので、ご覧になるとよいでしょう。

私たち日本人は、「同性愛が自然のものではないでしょう?」という感覚が以前はあったのですが、今は、マスコミの情報によって、また政府や行政も平等という名の下で、その権利を拡充する方向に進んでいっているので、あまり違和感を抱かなくなってきていることでしょう。 続きを読む 自己同一性の否定