神学的テロリズム

憎しみを植え付ける教育

前記事「ラマダン期間中のテロ」で取り上げた、パレスチナ人によるテロの背景には、次のような教育があります。

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*一般メディアでは報道される事がない映像*

ユダヤ人に対しての憎しみの心は、この様なPA(パレスチナ自治政府)の教育方針のもと、毎日植えつけられていっています。

PMW(Palestinian Media Watch)というパレスチナ自治政府がどの様なプロパガンダを発信しているかというのを監視する、イスラエルの団体があるのですが、

その団体の報告によると、自爆テロを起こしたテロリストはの英雄化は、そのテロリストの名前を学校の名前としたり、スポーツのトーナメントの名前にする事によって行われているそうです。

パレスチナ自治区の学校の生徒に「あなたの夢は何ですか?」と聞いたインタビュー映像では、その質問に対し、「私の夢は、あの〇〇さんの様に殉教(自爆テロ)し、ユダヤ人をより多く殺すことです」と女子生徒が答えていました。

憎しみを植えつけ続けられる子供達を覚えて、

常に「敵」に囲まれているイスラエルを覚えて。

「エルサレムのために平安を祈れ、「エルサレムを愛する者は栄え、
7 その城壁のうちに平安があり、もろもろの殿のうちに安全があるように」と。  詩篇122:6−7

PMWのサイトはこちらから。 どの様な手法で偽りの報道がされ続けているかを見る事ができます。 http://www.palwatch.org/

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ラマダン期間中のテロ

イスラム教においては、今年は7月5日でラマダンの期間が終わります。以前は普通、ラマダンの期間にイスラム教では、戦闘行為を控え、断食と祈りに専念するはずなのですが、タリバン等から、過激派はこの期間にも戦闘行為を続け、イスラム国に至っては、それを拡散する時期としています。

1.イスラエル国内

パレスチナ人テロ:13才少女を自宅寝室で殺害 2016.6.30

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正義の戦争、イスラム国、日本の役割

最近、あるところで投稿した記事を、手直ししつつ、まとめてご紹介したいと思います。

「正義の戦争」は存在する

イスラム国についてのニュースは、最近、シリアとイラクでその領域を失っていっているという報道があり、これで終わりか?と思いたい状況ですが、決してそんなことはありません。イスラム国はその本質は領域国家ではなく、イデオロギーだからです。ちょうどキリスト者が信仰によって生きる時に、そこに神の国が広がるのと同じです。

イスラム国の終わりは近いのか?

下はアメリカのテレビ番組の案内です(ビデオ付き)

Exposing the ISIS killing machine(イスラム国の殺戮装置を暴く)

yezidis「正義の戦争」という議論を少しある方としましたが、私にとって絶対平和主義は聖書的だと思わないだけでなく、実存的に受け入れられません。ナチス・ドイツによる戦争、ユダヤ人等の虐殺の時にそれに戦った軍について、武力を行使したということでそれを罪と断じることが果たしてできるのだろうか?私は連合軍のしたことの全てが正しいなどと決して言いませんが、このことについて、主は彼らを用いられて、悪の拡散を制止するようにされたのではないか? 続きを読む

イスラエルの政局について

一国、実に我が国についてもなかなか分からない政局。イスラエル国内の政局は、なおさらのこと。まずは、基本知識から。

イスラエルの政治(シオンとの架け橋)

そして、次の在イスラエルの日本人「ヘシュボニット」さんのブログは、とても役に立ちます。こちらが非常に参考になります。

左翼右翼上翼下翼

政治的、経済的に右か左かという色分けは、日本でも行なわれているので分かるかと思いますが、その他に「世俗か、宗教か」という要素が非常に大きいものとなっています。右であっても世俗の人たちは沢山います、ネタニヤフさんはそれです。そして宗教的だからといって右とは限りません。例えば、あの黒づくめの超正統派の人々は、自分たちの宗教的権利や生活保障以外は政治に無関心であり、シオニズムに対しては敵対的ですらあります。その他、同じユダヤ人でも、欧米系か、中東系かによって、大きく社会構造が異なります。それからアラブ系は、保守的な伝統的価値観を持っていますので、パレスチナに融和な左の人たちではなく、右の政党を支持することもあります。 続きを読む

イスラエル人、アラブ人、パレスチナ人に向かう主の情熱

ずっとご紹介しようと思っていた映画があります。以前、「第三神殿」というビデオを紹介しましたが、同じ韓国人の金ジョンチョル監督が、筋金入りの証し集のドキュメンタリーを作成しています。

①「回復」:イスラエルのユダヤ人たちが、イエスを信じるが、同時に不信者のユダヤ人からの迫害を受けている、福音に敵対する聖地、しかし霊的に回復しつつある聖地の報告。

こちらで全編を視聴することができます。) 続きを読む

イスラエルから流れる神の愛

クリスチャン・シオニズムに対する誤解」、そして前々投稿「「平和活動」対「キリストの平和」」と前投稿「「パレスチナ人クリスチャン」の異論と希望の証し」の続きです。

「検問所会議」のまとめ

検問所におけるキリスト」会議について、これまでの内容とかなり重なりますが、まとめみたいと思います。

先週は、かなり悶々とした時間を過ごしました。とても苦しくなり、なぜそうなのかはっきりしたことが分からずに悩んでいましたが、ようやく分かりました。それは、とても単純な真理です。「神はこよなくイスラエルを愛され、その愛をキリストにあって異邦人にも押し流してくださった。」という流れを否定されたからです。神が一方的に、ご自分の憐れみによってイスラエルを選ばれたからこそ、キリストにあって私も一方的に神の憐れみを受けて、愛され、選ばれているのだという、このつながりがあるわけで、イスラエルへの神の選びを否定したら、自分たちにも愛がなくなってしまう、ということです。

私が、個人主義的な信仰から世界に向かう御国の幻を広げたきっかけは、イスラエルへの祈りがあり、それから世界宣教がつながっていることがあります。聖霊はエルサレムにいる弟子たちに注がれ、シオンに王が来られたという良い知らせから、地の果てにまで神の救いが及ぶという宣教の情熱は、イザヤ書によって預言されていました。その幻は、主に聖書通読から得られたものですが、ジョエル・ローゼンバーグという、聖書預言に基づく小説を書いている人の講演や著書の影響は大きいです。彼は”Epicenter(震央)”という神の幻を頂いており、神はイスラエルを中心にして世界を動かされているが、その周囲の国々にその祝福は広がっているという重荷があります。それでJoshua Fundという団体を設立しました。それはイスラエルのならず、パレスチナ人、周囲のアラブ人に及ぶ広範囲な、霊的、物質的支援を行なっているところです。 続きを読む

「パレスチナ人クリスチャン」の異論と希望の証し

前投稿「「平和活動」対「キリストの平和」」の続きです。

「不条理」の中で「平和と希望」を保つ兄弟

実際に西岸に住んでいる、生のパレスチナ人の兄弟がいます。その人は、6年前にガザから西岸に移り住みました。ガザでは、クリスチャンということで圧迫を受けていました。そして、イスラエルを憎む教育を受けていましたが、今は思いを改めています。けれども、西岸は大きな刑務所のようであり、移動の自由が分離壁や、検問所によって制限されています。エルサレムに行く一日許可を得て、学校に行くための許可証を得ようとしていますが、面談について音沙汰がなし。さらに、最新の投稿ではイスラエル軍から、「あなたはガザから来たので西岸においては違法だから、自治政府からの許可を得なさい。」と言われたそうです。もう複雑で滅茶苦茶ですね。ちなみに、この兄弟のためにイスラエルにいる、ユダヤ人信者やクリスチャンが祈ってあげています。 続きを読む

「平和活動」対「キリストの平和」

この頃、「平和」についての話題の記事が多くなっていますが、このことは、キリスト者に関わるいろいろな平和や和解の働きに関わっているので、強く考えさせられています。次の言葉の紹介から始めましょう。

多くの人が平和活動に対して強く躊躇する理由の一つは、平和活動家自身が求めている平和を、その人たちの中に見出せないことにあるのです。しばしば目に映るものは、恐れと怒りを抱く人が、自分たちの抵抗の緊急性を他人に説得しようとする姿だけです。悲劇なのは平和活動家がもたらそうとしている平和よりも、戦いを挑んでいる悪魔の姿しか見えないことです」(「平和への道」(ヘンリ・ナウエン著)92ページ

次のビデオは、パレスチナの町ベイト・ジャラという所で、分離フェンスに反対している、クリスチャンのグループが撮ったものです。

Non-Violent Resistance met with Lethal Force in Beit Jala from Stephen Sizer on Vimeo.

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「親パレスチナ」の人に言いたい事

「パレスチナがイスラエルに”占領”されている」「ユダヤ人国家としてパレスチナ人を”隔離”し、”民族浄化”を目論んでいる。」「パレスチナ人は”分離壁”によって、移動の自由も奪われ、経済的にも”搾取”されている。」「イスラエル軍と入植者の”暴力”に苦しめられている。」

このような話を聞いて、「反イスラエル」「反シオニズム」という「反感」、酷くなると「敵愾心」になりこそすれ、パレスチナを愛し、親しむという思いは出てくるのでしょうか?「親パレスチナ」ならば、イスラエルを抜きにしても、なおのこと親しみと愛着を感じる、パレスチナの良さ、その誇るべきことを伝えるべきなのではないでしょうか?そして、そのような誇りを伝えることが、「平和」へ手助けになるのではないかと、という疑問を抱いています。

私自身の”親”パレスチナ旅行記をここにご紹介します。

ヘブロン旅行記

ラマラ・ナブルス旅行記

ベツレヘム旅行記

エリコ旅行記

ここでの経験から私は二つ、自分の”親”パレスチナの立場を紹介します。 続きを読む