進化論・無神論にある恐ろしい哲学

以下は、今朝、自分のフェイスブックに投稿した内容です。こちらにも掲載します。

Richard Dawkins: ‘immoral’ to allow Down’s syndrome babies to be born
(リチャード・ドーキンス: ダウン症の赤ん坊が生まれさせるのは「非道徳的」)

Dawkins

これは恐ろしい。リチャード・ドーキンズという英国の科学者は、日本でも邦訳本が出ているので有名だ。彼は強硬な進化論者であり、道徳や宗教に対しても戦闘的姿勢で批判する反キリスト教論者としてクリスチャンの中では知られている。

彼は、ダウン症の子が生まれることは非道徳的であると言うのだ。これは聞き捨てならない言葉である。日本でも出生前診断でほとんどの母親が中絶をしているという現状がある。

科学の傲慢であり、許されるべきでない冒涜である。科学は物事の事象はどうなっているのかを探る、神から与えられた賜物である学問だ。しかし、説明ではなく、その存在が放つ生きている意味は、科学の入ってくる領域ではない。だれが、愛する男女の思いを科学的に説明するのか?それができて、何になるのか?

知的障碍者の存在は、私たちに命の意味を教えてくれる。知的障碍者の人々と共にいる時に、健常者がいかにへつらいと虚偽の中に生きているか、まざまざと教えてくれる。人が生きていくうえでかけがえのないレッスンを与えてくれる。自分が助けてあげるというのは傲慢であり、神とキリストが共におられるという臨在を、彼らを通してむしろ教わるのだ。

リチャード・ドーキンズと同じように、進化論を奉じる学生たちに、伝道者レイ・コンフォートは、「近所の人と、自分のペットが池で溺れていたら、どちらを助けますか。」と質問したら、ペットを助けると言った。こんなおぞましいことがよくも言えたものだ。

しかし、それが進化論に流れている唯物論の産物なのだ。リチャード・ドーキンスも同じように考えている。

リチャード・ドーキンス「道徳の問題を科学的に考える」 (日本語字幕付き)

キリストは、貧しい者、悩む者への福音であられる方だ。そのような者たちに主が共におられる。そしてそれらの病が完全に癒される神の国の幻と信仰、その希望を与えながら、かつ、その病の中に永遠の命を見出させる方だ。

リチャード・ドーキンスをも造られ、キリストを遣わされた神に、彼が悔い改め、裁きを受ける前に罪の赦しを得られるよう祈りたい。

「進化論・無神論にある恐ろしい哲学」への2件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です