キリスト者の皆さん、投票に行きましょう!

次週の日曜日は参院選、そして都民は都知事選が控えています。次は、若者への投票を促すビデオですが、私たちにも当てはまります。

そしてある若者が、昨日、キリスト者が選挙に参加する、投票する意味について尋ねてこられました。それに対する回答は以下の通りです。

ローマ13章だと思います。市民生活、そして国民の義務は、神から来たものとして与えられたものです。法律を守る市民であることで、証しを立てることができます。納税について、その他の法律についてはもちろんですが、選挙というのも同じです。それを行なわないでも罰則はないですが、けれども選挙に拠らなければ、日本は主権在民なので成り立ちません。したがって、祈りつつ、自らの考えに少しでも合っている候補者を選ぶことは、キリスト者の証しにつながる行為です。

誰を選ぶべきかは、それぞれ祈り、情報を集めて良心に基づき選べばよいと思います。

ただ、キリスト教と相容れない思想があります。もちろん、突き詰めると全て相容れないと言えばそうなのですが、明らかに反キリスト的なものがあります。「共産主義」がそれです。これは政治思想というよりも、無神論で唯物論の疑似キリスト教と呼んでよいでしょう。同じように、他宗教が母体の党も大きな留保はあるでしょう。

そして明らかに信仰の良心に反するようなことを政策に掲げているのも、避けるべきです。今の争点である「改憲」において、自民党の改憲草案の第二十条の「信教の自由」については、大きな懸念事項です。ただ、それと改憲というのは、その条項だけの話ではないので、即、反対とはなりません。同性愛者の権利問題も少しずつ日本に入って来ていますが、これも信仰の良心に直接関わる問題です。同性婚を合法化するには、それこそ改憲しなければならないのですが、このように、政策は複雑に絡み合い、単純に白黒できるようなものではありません。

それ以上に大事なのは祈ることです。どの人が選ばれようが、主がお立てになるのだから、主からの憐れみがあり、知恵が与えられるように。御心にかなったことができるように。キリスト者だからこそ持っている、霊的な権利を行使すべきです。アメリカの伝道者が、「「私は共和党にも民主党にも希望はありません。この国の唯一の希望は神です。」と言いましたが、日本の政治に当てはめてこう言いたいと思います。

私は自公連立にも、民進共産の共闘にも希望はありません。我が国の唯一の希望は主イエス様です。

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