日本人に対する伝道と弁証

先週、カルバリーチャペル・バイブルカレッジ東京にて、上の題名で講義を行なわせていただきました。その原稿をここのブログに掲載したところ、大きな反響がありました。

Evangelism to Japanese People
(Note: For English readers, go to the link and read the original manuscript.)

ある牧師からこれを日本語に訳してほしいとのリクエストがありました。内容は、実はロゴス・ミニストリーのホームページや本ブログで書かせていただいたことなのですが、改めて日本人への伝道と弁証を考える上でご参考にしていただければ幸いです。翻訳ではなく、同様の内容のものを、なるべく日本語を話す人向けに書き直したいと思います。けれどもまた、日本人である私たちにはあまりにもありふれていて、当たり前だと感じる部分もあるかもしれません。その時は、欧米のクリスチャンがどういうところで日本人伝道に課題を感じているのか知るための背景知識だと思っていただければ幸いです。それでは原稿の内容を書き記してみたいと思います。

【原稿の内容】

私は日本人ですが、1997年から日本への宣教師として遣わされ、2005年から2010年までは海外宣教に携わっており、宣教に対する情熱を持っています。2010年末に帰国し、2011年初めに「ロゴス・クリスチャン・フェローシップ」という教会を、東京中心部で始めました。仲間の多くが信仰歴二年も満たない新しい人々ばかりですが、主がそのような収穫を与えてくださったことを感謝しています。

日本人に対する弁証

先日、カルバリーチャペル・ホノルルから、かつてカルバリーチャペル・コスタメサの宣教担当牧師であったボブ・ヘーグさんが私たちの教会を訪問されました。彼は日本に重荷を持ち、何十回も来日しておられますが、「日本人に対する弁証をすることのできる人はいませんか?」と尋ねられました。私は、「いない」と答えました。キリスト教についての説明(弁証)として、私は、リー・ストロベル著の「ナザレのイエスは神の子か?」と「それでも神は実在するのか?」を薦めていると答えています(ブログ記事「ナザレのイエスは神の子か?」)。そこで問いかけられている質問は、日本人の未信者もしばしば問いかけることと同じだからです。

けれども、日本の状況に独特な事柄ももちろん存在し、その二冊には取り上げられていないものもあります。一つは、強固な多神教信仰です。もう一つは、家族間の固い絆です。三つ目は、死と葬儀に対する感情があります。今は、日本の人々にどのように効果的に福音を伝えることができるのか、その試みを行なってみたいと思います。そのために、初めに私自身の救いの証しを分かち合わせていただき、それから両親の救いについてお話します。

私と両親の救い

私が救われたのが1989年で、両親は2003年に救われました。つまり、両親の救いのために祈り伝道して14年かかったことになります。

私は、やや劇的な回心体験をしましたが、心の中に悩みがなかったという訳ではありません。キリスト教の多くの教えについて知的には同意でき、特にイエス様のご性質には魅かれるものがありました。けれども、この方に自分の身を捧げることが果たしてできるか、というところで悩みました。主のみが唯一の生きた神であることを受け入れるには、神々として敬われている他のものを退けなければいけません。自分の信仰体系に神を一つ付け加えることには何ら問題はありませんでしたが、イエス・キリストを受け入れるために他の神々を全て捨て去ることに抵抗がありました。

もう一つの悩みは、家族との強い絆です。まだ十代であった若い私は、死や葬儀のことを考えることはほとんどありませんでしたが、キリスト者になるべきかどうかということを考え出した途端、仏式の先祖の墓のことを想起したのです。私は家の中で長男です。つまり、父が死んだ後は私が墓の世話をしなければいけません。それに、その時にちょうど父は先祖のための墓を改めて作ったばかりだったのです。さらに、父はパブレストランの経営者でした。お酒をもって人々を楽しませていたのであって、私がキリスト者となることによって、父の仕事と距離を取らなければいけないのか、と思ったのです。

これらの問題に取りくんでいた時に、主が次の御言葉を与えられました。「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。また、わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。(マタイ10:37)」この御言葉に後押しされて、私はイエス様を自分の人生の主とする決断をしたのですが、キリスト者になることは必ずしも両親を裏切ることではないことが分かってきました。むしろ、両親への最大の親孝行は、イエス・キリストの救いの知識に二人を導くことであることを発見しました。二人を救いへ導くためには、私自身がイエス様をだれにもまして最愛の方としなければいけません。

私が高校生の時に抑うつで苦しみました。信仰をもってしばらくしてから、完全に癒されました。それで父は驚いていました。父は深夜、仕事から帰宅して、私が自分の部屋で自分の頬を打っていたのを目撃したのを私は覚えています。大学受験勉強のストレスで私は精神的にかなり追い詰められていたのです。けれども、私が癒されたので、この神、キリストが清正を救ったということは確信が持てたようです。けれども父はイエス様について、「キリストが清正を救ったのだ」と言っていました。自分自身の主ではなかったのです。父も私と同じ問題を抱えていました。日本人の信ずる八百万の神に、キリストを付け加えるのみだったのです。

ダニエルの話を思い出してください。ダニエルが、ネブカデネザルの夢を教え、また解き明かした後に、王はダニエルに供え物をささげました。ネブカデネザルは、この方がダニエルの神であることは認めたのです。けれどもしばらくして、金の像を彼は造り、自分の国の者たちにそれを拝むように命じました。ダニエルの友人三人がそれを拒み、燃える火の中に彼らを投げ込んだのですが、三人が火によって害を受けていないのを見て、こう言っています。「ほむべきかな、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神。(3:28)」天の神を認めてはいても、この方が彼自身の主となっていなかったのです。けれども、主が彼を懲らしめられて、理性を取られて、獣のようにならせてから、彼はようやくこの方が自分自身にとっても主であることを悟るようになりました(4章)。

ところで、私の回心に対する両親の反応は興味深いものでした。水のバプテスマ式に誘ったのですが、私が水に浸かるのを目撃して、衝撃を受けたそうです。その教会の牧師に、「イエスが、私たちの息子を奪い取ってしまった。」と言いました。この点について本気で悩んだそうです。例えば、私が食前の祈りで「天におられるお父様」と呼びかけて祈ると、父は私に、「清正は、私以外に父親がいるのか?」と疑うという有様でした。

けれども、私がキリストについての確信を捨てないので、父は妥協案を私に迫ってきました。「仏式の葬儀でなくてよい、キリスト教式でお父さんのことを弔ってくれ。」私は、「はい、分かりました。」と言いそうになりましたが、口をつぐみました。なぜなら、もし生前に信仰を持たなければキリスト教式の葬儀は無意味なばかりか、父が地獄にいることを知りながら葬儀を執り行わなければいけないことを考えるだけで、気が狂いそうになったからです。

けれども二人に大きな転機が訪れました。母方の祖母が亡くなったのです。その仏式の葬儀について幻滅を感じた母は、彼女の母の死のことで悲しみ、そこから立ち上がれなくなりました。その頃からでしょうか、「息子が信じているキリストは、一体誰なのか?」という疑問が出てきたのでしょう。ある時に近所の韓国人の教会の礼拝に誘いました(礼拝自体は日本語でした)。そして実家に戻り、私に「近くに紹介できる教会はないか?」と電話してきたのです!数か月後、聖書のことが分からずに困惑し、母は教会に通うのもやめようかと思っていたそうですが、ある礼拝のメッセージの聖書箇所に心打たれ、泣き崩れました。「わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。(ヨハネ14:3)」自分自身がイエス様につながることによって、清正と同じ天に行くことのできる確信を得ることができたそうです。母は私に電話をしてきて、その第一声が「私は生まれ変わりました。」でした。父も三週間ぐらい後に、イエス様を自分の救い主と信じ、受け入れる祈りを捧げました。

私は、二人のバプテスマ式に参加するため実家に戻りました。驚いたのは私です、二人の顔が、水のバプテスマを受ける前に、聖霊の喜びのバプテスマを受けたのではないかという顔をしていました。同じ部屋に、神棚と仏壇がありましたが、神棚は一切のものが取り除かれており、仏壇は閉められていました。バプテスマ式の後に仏壇の処理も済ませました。さらに、先祖の墓は同じ墓石を使って、キリスト教式のものに変えました。

私がなぜ、両親の救いの証しをしているかと言いますと、日本人に共通することがここから見えてくるからです。先に申しあげたように、多神教信仰があります。次に強い家族の絆があります。そして、死と葬儀に対する一定の考えがあります。

多神教信仰

まず多神教信仰についてお話しします。日本の人がキリストを受け入れる時に、その人がクリスチャン家庭で育っているとかしない限り、テサロニケ人が経験した回心を経験しています。「私たちがどのようにあなたがたに受け入れられたか、また、あなたがたがどのように偶像から神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになり、・・・(1テサロニケ1:9)」

日本の人に証しをする時に大切なのは、どの神のことを話しているのかを明らかにすることです。「神」は、神道のカミから来た言葉です。聖書の日本語訳の「神」はそこから来ました。私は、信心深い神道の信者に伝道したことがあります。多くの日本人は年に一度、神社参拝をしますが、そのような信心ではなく、本当に信じている神道主義者です。おそらく父親が神主か誰かなのでしょう。私は、「神様は・・・」と言って伝道を始めましたが、彼女も、「神様は・・・」と神道について話始めた時に、私はぎこちなくなりました。なぜなら、彼女の“神様”のほうが、もっと日本語として言葉が据わっていて、歴史的重みを感じるからです!そこで私はすかさず、「天と地を造られた造り主のことを話しています」という注釈を加えました。

創造主 対 諸国の神々

欧米では、自分の信じている神(God)は創造主であるという説明に時間を費やす必要はありません。Godという言葉を聞けば、創造主のことを話していることはすぐに理解します。けれども、欧米以外の世界では、そうとは言えないのです。

西洋人は、創造主の実存を主張するために、進化論のことを取り扱いますね。ええ、確かに日本の人たちにも進化論について話しても良いと思いますが、実はダーウィン式進化論よりも以前に、日本やアジアにはそのような思想があったことを知らなければいけません。アジア人には元々、人間と動物の明確な区別というものはありません。むしろ進化論のほうが、東洋神秘の中にある輪廻転生を援用しているのです。

福音を伝えるためには、聖書で福音がどのように伝えられているかを見つけなければいけません。聖書は天地創造の話から始まりますが、エジプトに対する十の災いは、実際はエジプトの神々に対する神の裁きでした。パロはモーセに、「主(ヤハウェ)とは誰だ」と言いましたが、主は応えて、「わたしこそが主である」とし、災いを下されたのです。エジプトに対して、ご自身と彼らの神々を比べて、生ける神がすぐれていることをお示しになったのです。

40年後には、神はヨシュアに、カナン人の神々の像を破壊するように命じられました。後に、ダビデを神は起こされて、ペリシテ人と戦うようにされました。ダビデとゴリヤテの戦いは有名ですね。「ペリシテ人は自分の神々によってダビデをのろった。(1サムエル17:43)」とありますが、ダビデはそれに応えました。「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。(45節)」それから北イスラエルと南ユダの歴史に入りますが、イスラエル人と異教徒との戦いは、いつもどちらがまことの神であるのか?という対決でありました(例:エリヤとバアルの預言者の対決)。

バビロン捕囚の後、ユダヤ人は悔い改めて、唯一の生ける神に対するユダヤ人本来の信仰に立ち戻りましたが、福音書では、イエス様はユダヤ人の心のかたくなさを「姦淫の時代」と呼ばれました。それは霊的な姦淫である偶像と同じである、という意味です。

そして使徒の働きに入っても、伝道の手段は旧約時代と変わりありませんでした。パウロとバルナバにいけにえを捧げようとしたルステラの人々に対して、彼らは言いました。「皆さん。どうしてこんなことをするのですか。私たちも皆さんと同じ人間です。そして、あなたがたがこのようなむなしいことを捨てて、天と地と海とその中にあるすべてのものをお造りになった生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えている者たちです。(14:15)」そして、パウロがアテネにおける有名な説教を行ないました。「そのように私たちは神の子孫ですから、神を、人間の技術や工夫で造った金や銀や石などの像と同じものと考えてはいけません。神は、そのような無知の時代を見過ごしておられましたが、今は、どこででもすべての人に悔い改めを命じておられます。なぜなら、神は、お立てになったひとりの人により義をもってこの世界をさばくため、日を決めておられるからです。そして、その方を死者の中からよみがえらせることによって、このことの確証をすべての人にお与えになったのです。(使徒17:29-31)」このように、偶像から神に立ち返ること、悔い改めへと招いています。

そして伝道は終わりの日にまで及びます。患難期の後半部分でのことです。「また私は、もうひとりの御使いが中天を飛ぶのを見た。彼は、地上に住む人々、すなわち、あらゆる国民、部族、国語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音を携えていた。彼は大声で言った。「神を恐れ、神をあがめよ。神のさばきの時が来たからである。天と地と海と水の源を創造した方を拝め。(黙示14:6-7)」ここでも、天地創造のまことの神に立ち返れという呼びかけを行っているのです。したがって、聖書の初めから終わりまで、神の伝道方法は変わっておらず、偶像から神に立ち返りなさいという呼びかけなのです。

習合信仰の問題

したがって習合信仰(シンクレティズム)に対しては、細心の注意を払う必要があります。聖書には、習合信仰についての記述が多く、それを行なう者に対する神の裁きがあります。例えば、神がイスラエルと戦っていたアラムに敗北を与えられました。その時にアラム人がこう言いました。「そのころ、アラムの王の家来たちは王に言った。「彼らの神々は山の神です。だから、彼らは私たちより強いのです。しかしながら、私たちが平地で彼らと戦うなら、私たちのほうがきっと彼らより強いでしょう。(1列王20:23)」彼らはイスラエルの神と、他の異教の神々を同列に置きました。そこで神がイスラエルの王に言われます。「アラムが、主は山の神であって、低地の神でない、と言っているので、わたしはこのおびただしい大軍を全部あなたの手に渡す。それによって、あなたがたは、わたしこそ主であることを知るであろう。(28節)」

そしてアッシリヤの王がヒゼキヤ王を脅したことを思い出してください。「彼は手紙を書いて、イスラエルの神、主をそしり、主に逆らって言った。「私の手から自分たちの民を救い出さなかった地の国々の神々と同じように、ヒゼキヤの神も、その民を私の手から救い出せない。(2歴代32:17)」この発言は神を怒らせました。「このように、彼らは、エルサレムの神について、人の手で造ったこの地の民の神々についてと同じように、語ったのである。(19節)」その後に主は、エルサレムを包囲するアッシリヤ軍18万5千人を殺し、王自身も、彼が自分の神に礼拝を捧げている時に息子によって殺されるようにされました。(参照記事:「神道を摂取する宣教? 」)

他宗教との妥協は禁物

日本の人たちは、唯一の生ける神にのみ身を捧げることに困難を覚えます。私はこれまで、多くの信者から、仏式の葬儀に関連してそれに参加しなければいけない状況をどう打開すればよいかについての質問を受けてきました。もし両親が信仰者でなければ、例えば、信者の息子あるいは娘に、仏壇の供え物を捧げるように強要することがあります。ある姉妹が、母がご飯や果物など、供え物を持っていくように強いるので、してしまっていると告白していましたが、私はそのようにしている人々に対してこう助言しています。「それは、生ける神に対して妥協して生きているだけではなく、家族に対する証しの機会を失ってしまっていますよ。」他宗教の儀式に妥協しないで信仰表明をすることは、結局は、自分を迫害している者がまことの信仰に出会う道備えをしている、と言えるのです。ダニエル三人を迫害したネブカデネザルが、三人の非妥協やダニエルの姿を通して回心に至ったことからも、そのように言えます。

日本にいる宣教師も同じ悩みを持っています。妥協したいという誘惑があります。福音を日本の人たちにもっと受け入れやすくしたいという誘惑があります。けれども、そのような妥協は日本人が福音を信じる助けになるどころか、反対に、真実な信仰に至らせない妨げとさえなりうるのです。

家族の絆

二つ目の問題は、家族間の固い絆です。私たちの教会では、多くの人がこの課題に取り組んでいます。一人の女性が迫害に遭いました。両親にキリストを語ったところ、信仰に対する罵り言葉を両親の口から彼女は聞きました。実家に戻るのも恐れましたが、祈って勇気を出して再訪問しました。そうしたら父親の態度が一変しており、「それなら、娘の信じているものを知っておかなければいけない。」という発言もしておられます。もう一人の姉妹も、同じような家族内での確執を経験しています。彼女たちには、こう励ました。「ご両親はキリストへの信仰に対して攻撃を加えているのではなく、自分の子供がイエス・キリストに自分の身を捧げたために、自分と子との親子関係を断ち切られてしまったと感じているからです。」

家族の絆について、大事な聖書の言葉はマルコ3章33-35節です。「すると、イエスは彼らに答えて言われた。「わたしの母とはだれのことですか。また、兄弟たちとはだれのことですか。」そして、自分の回りにすわっている人たちを見回して言われた。「ご覧なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。神のみこころを行なう人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」」キリスト者になるということは、肉の家族から霊の家族にその関係を変えることに他なりません。キリストに対する強い帰属意識が、日本人また他の東洋人のキリスト者にとって大切な要素となります。水のバプテスマは、彼らにとって特別な意味を持ちます。それは信仰の大きな一歩です。教会に通っていながらなおバプテスマを受けられていない人は、キリストのみに自分の帰属を置くことがきず、本当の意味で信仰の一歩を踏んでいないからであると言えます。

イエスの伝道とパウロの伝道

したがって私は、人が口による信仰告白をまだしていなくても、弟子作りをするのに早すぎることはないと思っています。それを、「イエス式の伝道」と呼ぶことにしましょう。イエス様は弟子たちを召し出されましたが、彼らはずっと後になってこの方が生ける神のキリストであることを悟りました。イエス様は弟子たちとたくさんの時間を過ごされ、忍耐をもって教えられました。それで彼らは後に真の意味でキリストに倣う者になり、福音に確信を抱くようになりました。私たちの教会では、ロゴス・ミニストリーのウェブサイトを利用してすでに聖書を読んでから、信仰を持ち、そして教会に来たという人が多いです。

パウロや他の使徒たちの伝道を見ますと、彼らはキリストを宣べ、そして悔い改めへと呼びかけています。即効性の強いものでした。けれども、福音を聞いている聴衆をじっくり見ますと、ユダヤ人でない人々もすでにユダヤ教への改宗者、あるいはユダヤ人の神を敬う人々でありました。既に、聖書の知識を持っており、メシヤがどのような方であるかある程度知っていました。パウロは新しい町に来たらユダヤ教の会堂に行きましたが、それは礼拝を捧げるためではなく伝道をするためでした。そこでイエスがメシヤであるという主張を聞いて、多くの異邦人がそれを信じたのです。けれどもアテネの場合は違いました。パウロは強いられてそこにいました。そして、アテネの人たちと何らかの共通項を見出して、そこから宣べ伝えようとしましたが、成功したとは言えません。

ですから日本の人々に伝道する時に、ちょうどアテネの人たちの似たような反応に出くわすのです。聖書の知識がないのです。だから共通項を見出すのが難しく、キリストの知識になかなか導くことができません。ですから、私は初心者のための聖書の学び会や、クリスチャンのイベントに誘うのが賢明だと思います。神が誰なのかという、ごく基本的なところから始める必要があります。そして関係づくりをする必要があります。(参照ブログ:「福音の立体的骨格を伝えるには」)

生と死の連続性

最後に、日本人にとっての死また命について話したいと思います。

福音は死と復活についてのものです。アダムが罪を犯し、死が世界に入りました。イエス様が私たちの罪のために死に、死者の中からよみがえりました。ですから福音は死から始まります。キリストとの新たな命にある生活を始めるためには、まず霊的に死んでいる状態を認めなければいけません。けれども、多くの日本人にとって死そのものを受け入れることが、極めて難しいのです。古代から日本人は、誰かが死ねば、その霊魂は生きて、残された者たちと共にいると信じられてきました。地上における命と死後の命とに明確な区別がありません。地続きなのです。ですからこの二つの世界が互いに混じり合っています。

神道信者と私が話したことを思い出してください。彼女は神式の葬儀について説明してくれました。「人が死ねば、カミになります。ですから葬儀は弔いの場ではなく祭りの場なのです。その生きている霊魂と祭りを楽しむのです。」ということを話しました。日本人のほとんどは仏式の葬儀を守りますが、けれども、元々の仏教の死生観を受け入れていません。仏教では悼み哀しむ思いそのものが煩悩の一つであり、葬式の中で煩悩を断ち切って、死者と永遠の別れをします。けれども日本人はそれを信じていません。だから、死者のために続けて法事という供養を行ない、年ごとの祭りでは死者の霊との交わりが中心となっているのです。

私はその方に、人間はすべて罪を犯し、死んで、死後に神の裁きに会う。けれどもキリストが十字架でその罪の刑罰を負ってくださった。この方を心に受け入れることによって永遠の命を持つ、ということを話しました。彼女の反応はこうでした。「そのような深刻なことをクリスチャンは日々考えているのですか?もっと命そのものを楽しんだらどうですか?」このように、死という現実を受け入れられないのです。津波の被災地でも、ある人が伝道したのですが、このような反応でした。「死ぬこと、死んだ後のことを考え出したら、気が狂ってしまう。難しすぎる問題だ。」津波という、死と隣り合わせになった人でさえ、人は死ぬのだという現実を直視できないのです。(参照ブログ:「伝道の時に知らなければいけない日本人の死生観」)

死後の定め

したがって、日本の人は福音を聞くことなく死んでいった人々のことで本当に苦しみます。初めに日本に来たカトリックの宣教師フランシスコ・ザビエルは、改宗したキリシタンから既に死んだ家族が今どうなっているのか?という質問を受けていました。私たちの教会でもこのように言った新しい信者がいます。「もし母や弟が信仰を持たずに死んでしまったら、私も信仰を捨てて、いっしょに地獄に行きたい。母や弟のことが大好きなんです。」

したがって、日本人には次の二つの偽りの教えが、極めて魅力的に感じます。一つは包括主義です。「救いはキリストのみによるものだが、明確にキリストに知る機会がなかったとしても、自然や良心などによって、そこに与えられている光に応答した人は、その信仰のゆえに義とみなされる。」というものです。もう一つは、”Postmortem Evangelism”あるいは”Divine Perseverance”と呼ばれるもので、日本では「セカンド・チャンス」と呼ばれています。それは、地上で生きている間に福音を聞かなかったとしても、ハデスにおいて福音を聞いて、信じて救われる機会が与えられる、という教えです。この二つの教えは、福音を聞かずに死んでいった人々に対する日本人の叫びに便宜的に答えるものになっています。(参照ブログ:「セカンドチャンスは本当にあるのか」)

けれども、私はこの問題で悩んでいる人々に次の二つのことを話します。一つは、神は命を与える方であるのみならず、命を取られる方であるということです。生命の誕生がちょうど、神の不思議な御業であることに驚かざるをえないように(参照ブログ:「究極のプロフライフ」)、葬式において死を目に前にした時に、まず神を思わなければいけないこと、そして、神こそが地上の寿命を定めておられる方であることを認めなければいけないことを話します。「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ。(伝道者7:2)」ですから、死んだ本人にのみ心を合わせるのではなく、むしろ神ご自身に心を合わせる必要があります。

もう一つは、各々が自分が地上で行なったことに対hして、神に申し開きしなければいけないということです。日本人はいつも他者とのつながり、特に家族の人たちとのつながりを気にします。そこで私は東日本の津波の例を引き合いに出して説明します。「釜石の奇跡」と呼ばれていますが、その町のほとんどの人が津波から救われました。それは先祖からの言い伝えである、「津波てんでんこ」にしたがって、家族を救いに捜すのではなく、まず自分自身が救われなければいけないという教えがあったからです。過去に津波で被災した経験から、地震の後に他の家族を捜しに行けばみなが滅んでしまうことを知っているからでした。けれども、自分が高台に逃げることに集中すれば、その高台で他の家族に会うことができるかもしれません。事実、釜石の人たちは高台で他の家族に出会うことができた人が多かったのです。同じことが霊の救いにも言えます。「もし他の家族の事が気になってキリストのところに来ないのであれば、あなたもあなたの家族も救いを失います。けれども、それぞれが自分の命に対して責任を持てば、他の家族と天で会うことのできる可能性が出てくるのです。」(参照ブログ:「NHKスペシャル 巨大津波「その時ひとはどう動いたか」その3」)

恵みによる救い

そこで日本の人たちは、恵みを受け入れるのが非常に難しいと感じます。それは死を受け入れられないからです。自分には何も善いものがない、自分は死んでいるということを受け入れられないからです。逆境において、命のために何か自分のうちに善いものを見つけて生きようとします。その良い例が津波後のすばやい復興です。「行ないによる救い」という考えが沁み付いています。金持ちの青年の話を読むたびに、私は日本人のことを思います。意味ある人生のために、あらゆる良いことを行なおうとします。けれども、命を得るためには、まず自分に死ななければならないのです。

では、どうすれば良いか?

では何をすればよいでしょか?一つに、祈ってください。失われた日本人の魂のために熱心に祈ってください。神がこの民に対する愛で満たしてくださいます。次に、福音をなるべくそのままの姿で語ってください。御言葉に水増しをしないように。私たちが福音を力あるものにするのではなく、福音はすでに信じる者に救いを与える神の力なのです。三つ目に、自分を低くして、日本の人々の中に住んでください。人々の中に住む最も良い方法は、言語を学ぶことです。流暢に話す必要はありません、その学習の意欲そのものが大切なのです。あなたが言語を学ぶその姿勢に対して、日本の人たちはもっと心を開いてくれるでしょう。四つ目に、御言葉を教えるのに忍耐を働かせてください。人の生活と人生に変化が出てくるには時間がかかります。イエス様が弟子たちとどのように過ごされたかを見つめてください。

日本人に対する伝道と弁証” への3件のコメント

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  2. ピンバック: 映画「神は死んだのか」 | ロゴス・ミニストリーのブログ

  3. ピンバック: 改めて「セカンド・チャンス」について | ロゴス・ミニストリーのブログ

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